第18話 運命再び

 不思議そうなシェイラに他言無用と念を押してから、異世界サバイバルゲームの事を簡単に説明する。半信半疑といったところだ。


「プレイヤーの数は九人、この世界の神様も九体。全員にどれかの神様の紋章があるっていうことだったんだ。バイラックの加護があるっていうのは嘘だよ。バイラックの紋章だと気がついたから、それを売名に利用したんだろう」


 左手の甲を見せる。浮かんでいるのは魔の神スランドゥーラの紋章。


「ということは無敵の能力というのは……」

「俺の能力『ソロモンズファミリア』と同じくサポーターから与えられた物さ。サポーターは俺の世界の連中だから、能力自体にバイラックは関係無いよ」


 ヴィクトルを指差す。何を思ったのかピースサインを返した。


「その大地の勇者がソロモンちゃんの戦う相手というのは分かったわ。で、これからどうするの?」

 

 俺の選択は一つ。もう既に決まっている。


「戦う。大地の勇者を名乗る男を倒す。それがクソッタレな俺達の運命だ」

「決意は変わらないのね。いいわ、ワタシは手を貸すわよぉ」

「それでは支援をお願いしたい」


 戦力ではなく支援。それは俺なりの『線引き』だ。最初に戦ったプレイヤーのミサチは強盗行為で懸賞金が懸かったくらいだから、加勢は喜んで受けた。


 でも今回の相手は違う。話を聞けば、大地の勇者は真意はどうであれ善行をしている。この世界で明確に罪人という訳では無い以上、支援は貰えても直接戦わせる訳にはいかない。


「武器や物資の提供なら任せて頂戴。ソロモンちゃんには色々と成果を出して貰っているから協力は惜しまないわよ」

「ありがとうエウリーズさん。シェイラさんは情報収集をお願いできますか? 戦ってくれとは言いません。能力の詳細とか相手の身なりとかどういう相手か出来る限り知りたい」

「話を聞いて回るくらいなら協力する」


 シェイラは即答した。

 

「ありがとうございます」


 絡みついてきたクソッタレな運命の糸。引き寄せてその先にいる者を倒す。必ず倒す。


 ――俺は勝つ。勝つんだ。勝って、勝利者として元の世界へ帰るんだ。


 テーブルの上で両手の拳を握り締め自分自身に言い聞かせる。


 抗うは神様達がセッティングした戦いの舞台。ソロモンを名乗る少年、土来定樹の第二ラウンドが近づいていた。


 シェイラが引き上げた後、エウリーズは技術者達を召集した。


「開発計画は一部変更。ソロモンちゃんの支援を行うわ。内容は装備の提供、でいいのよね?」

「はい。特にヴィクトル用の装備をお願いします。俺のは後回しでいいですから」


 成果が出て一区切り付いた所だった事もあり、反対する者は居なかった。むしろ面白がっている様子だ。


 エウリーズ以下技術者集団はヴィクトルの装備開発を開始。資材はまだ残っているのでなんとかなりそうだという。


 ソロモンは一人で鍛錬を行う事にした。


 研究に集中しててここ暫く軽い素振りと弓の鍛錬しかやっていなかったからな。ここいらで鍛え直すか。


 覚悟と誓いを胸に城内を走る。腰からぶら下げた剣が揺れ、グリーブが床を叩いて金属音を響かせる。


 少しなまったか。体が重く感じるな。後で下半身中心の筋トレもしないとだな。


 久しぶりの本気の訓練を終え、気持ち良く疲れたまま食堂へ。今日は食事の支度を全て使用人に任せたので、初めてソロモンが最後に着席した。


 ――食わねば。食って力を付けなければ……。


 出された食事を押し込むように胃袋に入れる。味はあまり感じなかった。ただ自らの力に変える為に取り込んでいるだけだ。半ば強引に二人分を平らげた。


 今日は早めに寝よう。疲労が溜まっているとそれはそれで力が出ないからな。


 城主室に戻り浴槽に湯を張る。本当は大食いの直後に入浴はあまり良くないが、今日は気にしないでおく。


 湯気に包まれた浴槽の中でボーッと天井を見上げていた。白いタイルで全面張られた浴室内を暗めの照明が照らす。丁度いい暗さが気を落ち着かせてくれる。


 無敵の能力か……。ゲームバランスを重視している運営だからな。そんなものは無い。


 攻撃が効かないといっても幾つか考えられる。動きが速くて当たらないのか、単純に防御力の高さなのか。『バリア』の可能性もあるな。


 必ず隙というか攻略法、要は弱点が有る筈なんだ。能力に何らかの制限があるとか特定の攻撃が通るとか……。


 事前に分かればいいんだがそう都合良くはいかないだろう。結局ぶっつけ本番かな。

 頭の中の整理が終わった所で浴室から出る。この世界に来てからの鍛錬で引き締まった肉体を念入りに拭いてから部屋着を着る。


 気を利かせたヴィクトルが持って来た冷たい水で喉を潤し、お気に入りの椅子に腰掛けてクールダウン。心地の良い睡魔がゆっくりと近づいて来る。


 寝よう。明日は朝一からトレーニングだ。


 寝室のベッドに向かおうとした時だった。ドアがノックされる音で足を止める。城主室の真下、姫君の部屋に続く階段がある所のドアからだ。


「……どうぞ」


 返答から一拍置いてドアが開いた。少し開いたドアからベルティーナが心配そうな顔を覗かせてこちらの様子を窺っている。


「どうかしたかい?」

「いえ……先程のソロモン様の様子が、いつもと違った様に見えたので何かあったのかと」


 そうか。俺がベルティーナさんの事を見ていたように、ベルティーナさんも俺の事を見ていたのか。


「ちょっとあってさ。一応話しておこうか?」

「差し障りが無ければ」

「いいよ、座って。紅茶でも出すよ」


 ベルティーナは頷いて来客用の椅子に腰掛けた。


 不意にヴィクトルが肩を軽く掴んだ。左手の人差し指を自分に向けている。


「紅茶を一人分、俺は冷たいものが飲みたいから水でいいや」


 ソロモンが人差し指を立てると、ヴィクトルは親指を立てて返した。

 ベルティーナの向かいに座ったところで大きく息を吐く。


「俺には戦わなければならない相手が居るんだ。そいつの情報が今日入ってきてさ。今戦う為の準備に入ってる」

「それで気が立っている様に見えたのですね」

「そう見えた? 確かにそうだったかもしれない。どちらかが死ぬまで続く戦いだからかな」


 ヴィクトルが紅茶と水をテーブルに置いた。そして定位置のソロモンの背後に立った。


「当然負ける気は無いよ」


 冷たい水が喉を通っていく。体はまだ水分を欲しているようだ。


「命を賭してまで戦う理由が有るのでしょうか?」

「ある。と言っても復讐とか親の仇とかそういうものではないんだ。会ったこともなければ名前すら知らない。それでも戦わなければならない運命なんだよ」


「それは避けられないのでしょうか」

「逃げても何時かは運命に追い着かれる。だったら待ち構えるか、こっちから打って出る」


 これが初めてじゃない。意志はもう固まっている。


「分かりました。ソロモン様の事ですから私は止めません。ですが、私に良くして頂いているソロモン様の身に何かあれば……」


 ベルティーナは心配と不安で泣きそうに見える顔で、

「私はこの城を笑顔で出て行くことは絶対に出来ないでしょう。その事をどうかお忘れなきように……」

「俺が言ったことだしな。安心してくれ、俺は必ず勝つ。一人じゃないしな」


 ベルティーナは部屋に帰った後も、不安の色が顔から落ちることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る