第17話 大地の勇者
一つのアイディアから様々な発見に繋がっていく専門家集団の実力は本物だ。新機軸の魔装具の開発や既存の魔装具の改良も進み、研究は少しずつ確実に成果を上げていった。
その成果により試製異世界式ハンドガンは一つの完成形となる。
発射時に消費される空気を取り込む魔装具を取り付け、吸気の問題を解決。一度の吸気で三発撃つことができるように内部を改良し、更に内部の空気圧が一定以下になると自動的に作動するようにした。
発射装置も改良され高効率化。消費する魔力が低下し、射程と威力も若干向上。空気を十分に圧縮する時間も当初より短縮。一つの人工魔石で全ての魔力を賄う方式にしたのも地味な改良点だ。
六発入りの弾倉も開発され装填の手間もあまり掛からなくなった。無駄な部分を極力無くしてある程度の小型化も図る。
「取り敢えずステルダムの研究所に送ってみるわねぇ。生産コストの計算とかもあるし、何より実際に使う兵士達の意見も聞きたいし」
「手配は頼んだぞい。ワシはソロモン君と電気の研究があるのでな」
「その前に昼食にしましょう」
試作の試し撃ちをしてから二週間後、完成品の異世界式ハンドガンはステルダムへ旅立っていった。
その日の午後。帝国商人シェイラがやってきた。彼女の商会は、日用品や食料の注文を受ける為に定期的に来ている。いつもは従業員が来るが偶に彼女が来るのだ。
今日は高級そうな厚手のコートとロングブーツで身を包んでいた。まるで資産家の御令嬢の様に見えるのは、彼女の商会の景気が良いからだろう。
正門館に招き入れ質素な応接室に通して注文書を纏める。今は人も増えたので結構な注文量だ。個人で買う嗜好品の類いも含まれるので希望を聞くだけでもちょっと時間が掛かる。
いつもシェイラの商会から購入しており、リダスカの運輸商会が配達に来る。どちらも夏の前に出会った知人だ。
この辺りの物流に関わる大手の二つと良い関係になっているのは、この城で暮らす上で大変助かっている。
「ねぇ城主様。実は若い女性への贈り物にピッタリな、ペンダントと指輪があるんだけど如何でしょうか? 特に指輪に付いている宝石は一級品ですよ」
現物を取り出し見せる。確かに素人目で見ても結構な値が張る物だと分かる。
「いやぁ遠慮しますよ。またの機会にということで」
妖艶な顔で仕掛けられるセールストークをあっさりと躱す。
「あら、デートに連れ出した様子も無さそうだし。貴方の城でまだ愛を育んでいる最中なのかしら?」
「前にも言いましたが休暇で預かっているだけで、別にそういう男女の関係じゃ無いんですよ。冬を越せば彼女は実家に帰る予定なんです」
やり手の商人は商品の売り込みを忘れないから困る。
「引き留めたりはしないの?」
「しない。決まってる期限が来ればこの城を出る。まぁその前に辛そうな顔で出て行くのは止めるけどね」
シェイラは値踏みというか怪しむような目を向けている。
ダメだ。誤解が解けない。勘違いしているよシェイラさん。
「そうだ何か面白い話というか噂とかはないのかな。ここ二ヶ月くらい町に行ってなくてさ」
強引に話題を変えにいく。シェイラは自慢の装飾品を仕舞ってから挑発するように、
「ソロモン城に籠もって怪しい研究をしている集団が居るらしいわよ?」
「非公開なだけで怪しくは無いです。一般向けの商品が出来たら紹介しますよ」
「よろしくね」
相変わらずの妖艶な顔で探りを入れてくるなぁ。
「そうだわ、城主様。『大地の勇者』の話はご存じ?」
「いや、聞いたことがないな」
出たよ、異世界名物。生息してんのかよ勇者様。
「なんでも地の神バイラックの加護を受けているとかで、無敵の力を持っているそうよ。魔物や盗賊を蹴散らして荒稼ぎをしているらしくて、結構喜ばれているんですって」
地の神バイラック。大地を司る神様の一体で、農家の皆さんからの熱烈な
「そもそも神様が個人に加護なんて与えてくれるもんなの?」
「さあ? 私は聞いたことが無いわね。大地の勇者なんて本人がそう名乗っているだけみたいだけど、証拠みたいなのはあるって聞いたわ」
怪しいな。でもここは一応ファンタジーな異世界な訳だし、そういうこともあるのかな。
「左手の甲にね。バイラックの紋章が刻まれてあるらしいのよ。普段は見えないんだけど見せようとしたら浮かび上がってくるんだとか」
「左手の甲に紋章……」
何かが引っ掛かる。何かが……。
黒髪を掻きながら引っかかったモノの正体を探る。頭の中の記憶の森を掻き分けるように……。
「無敵の力って具体的には?」
「確か一切の攻撃が効かない、だったかしら。魔法とは全くの別物という話ね」
魔法とは別の、無敵の力……か。
「気になるならその大地の勇者、探してあげてもいいわよ。何でも最近帝国内で活動しているみたいでね。知り合いの商人が護衛役を頼んだ事があるって言っていたわ。お得意様だし手数料はナシで良いわよ」
ソロモンは右手で黒髪を覆ったまま机に肘をついて固まった。シェイラの提案を無視している訳では無い。頭の中で引っ掛かった何かに糸が付いているのを見つけて、それを手繰り寄せている。そんな感じだ。
考え込んでいる雰囲気を察して、シェイラは冷め始めた安物のインスタント紅茶に口を付けて間を置いた。
「は~いお待たせ……アラ? どうしたのソロモンちゃん、食費はちゃんと足りるわよ」
「いやお金のことじゃなくて。左手の甲……左手の甲……あっ!!」
弾かれたように顔を上げる。エウリーズは思わず一歩後退。
手繰り寄せた糸の先がやっと見えた。
「まさか……これの事か!!」
ソロモンの左手の甲が僅かな光を放ち図形が浮かび上がった。それに二人は反応して近づいて来る。
「ソロモンちゃんこれって……」
「思い出した……。俺の戦いが始まる前にクジを引いたんだ。それでこのマークが!」
「ソロモンちゃん、これ『魔の神スランドゥーラ』の紋章よ」
「これはこの世界の神様の紋章か。となると……まあほぼ間違いないな」
今の今まで忘れていた。何なのか説明が無かったから、すっかり頭の奥底の隅に追いやっていた。異世界サバイバルゲームが始まる前に引いたクジで決まった何かのマーク。
白く塗られた正方形で、中には黒い十字の線が丁度四分割する形。左上は黒い獣の頭が二頭、互いに背を向けるような向き。右上は縦に描かれた杖に、刃を上にして斜めに交わった剣と斧。左下は放射状の線が付いている、歯車のような形の円の中に三日月。右下は鳥居に似た形の中心に五角の星が描かれた盾。
「これは一体どういうことなの?」
「シェイラさんは知っていますよね? 以前この城で俺が戦った相手の事を」
「ええ、魔物に変身する特殊能力を持った女の事よね。城主様が戦わなければならない相手だったと」
「普段は見えないが、見せようとしたら浮かび上がる紋章。神様は違っても神様の紋章だって所は同じ。今話していた大地の勇者を名乗る男は俺と同じだ。別の世界からやってきた、異世界サバイバルゲームのプレイヤーでほぼ間違いない!」
運営が仕掛けた見えない糸が一つ、運命に絡みついた。
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