第16話 試作品

 次の日の朝、いつもの朝食の時間。食堂にベルティーナはやってきた。ソロモンの姿を見つけると彼女は笑いかけた。


 どうやら当面は大丈夫そうだ。安心したぜ。


 胸を撫で下ろす。心配で眠れない程ではなかったが、起床したら真っ先に気になっていたのだ。


 その可愛らしい笑顔、縁談が集まってくるのも理解できるな。


 朝食が終わり各々が今日の活動を始める中、ベルティーナはソロモンの元へ向かった。研究所に向かう途中の廊下で呼び止められた。


「取り敢えず大丈夫そう?」

「はい。昨晩はありがとう御座いました。縁談を断る手紙を出そうと思います」

「そうかい。静かで何も無いのが取り柄の陰気な城だけどね。いや、今だと静かなのは本館だけか。まあゆっくり過ごしなよ」


 笑いかけるソロモンに、ベルティーナはお腹の辺りで手を組んで深く頭を下げた。


 今日は彼女も秋の空も機嫌が良いみたいだ。


 大窓から差し込む太陽の光が廊下を照らしている。昨晩の暴風雨は日の出前に去ったらしい。


 研究開発、今日も頑張るか。


 年齢の割に朝一から元気なヴァイパー博士に即捕まり作業に取り掛かる。今日は実験を一つする予定で、その準備だ。


 新型の魔装具の調整はこれでいいな。


「ソロモンちゃん、試作品が出来たわよぉ。こういうので良いのかしら」


 エウリーズと金属加工を得意とする若い男性技術者だ。持ってきたのは鈍い銀色の細い金属筒と、先端が少し丸みを帯びている小さな金属。ソロモンは金属筒を覗き込んで内側を確かめる。


「どうかな? 素材は重装歩兵の鎧にも使われる鋼だよ。内側に螺旋状の溝を作るなんて考えもしなかったから加工するの結構苦労したなぁ。弾の方は簡単だった。注文通りに鉛を芯にして真鍮で覆ったし、鋼の筒と直径を合わせてある」

「うん、いけると思う。この溝が重要なんだありがとう。これに発射装置を取り付ければ試作品の完成だ」


「これじゃなこれじゃな」

 ウキウキしているヴァイパー博士の手には電動ドリルの様な形状の魔装具。これに金属筒を取り付ければ試作品の完成だ。技術者の皆さんから熱い視線が集中する。


「ソロモンちゃんの書いた図に何となく似ているわねぇ。それを参考にして作ったんだから当然だけど」

「仕組みが違うだけで理屈は拳銃と同じです。金属の弾を撃ち出して離れた相手にダメージを与える遠距離攻撃武器。『試製異世界式ハンドガン』と名付けましょうか。早速試し撃ちしてみましょう」


 的は防具に使われる金属の板。機動力重視の歩兵や弓兵等が使用する、軽装備用の薄くて軽いタイプの物だ。


「後はこの弾を装填して……よし」


 カチリ、と小気味の良い音が一つ。誰かが息を呑む音が一つ。


「安全装置を解除。いきますよ」


 銃口を的へ向ける。両手で握り右手の人差し指に神経を集中する。的の近くに人が居ないことを再度確認した後、引き金を引く。


 発射音はさほど大きくはなかった。弾が飛び出すと同時に両手へ振動が伝わり銃口が跳ねる。内側の溝によって回転運動が加わった弾は、ほぼ直進して金属の的に突き刺さった。


 歓声が上がる。的に駆け寄った技術者が騒ぎ出した。


「見てくれ! 貫通しているぞ!」


 的の金属板に穴が空いていた。貫通した弾は壁を守るために後ろに置いていた、土嚢袋に潰れた状態で埋まっていた。


「発射された弾が見えなかったぞい」

「目視出来ないくらい早く飛ぶんですよ。しっかしいくら薄いとはいえ貫通するなんて思わなかったな」

「ワタシもよぉ凄いじゃない。厚手の鎧を着た重装兵は兎も角、防具が薄くなりがちな魔法兵相手には有効ね」

「魔物相手にも有効ですよ。外殻が厚くて固いヤツは別でしょうけども」


 試作品ではあるが、新しい武器の誕生を祝うかのように技術者達は喜びの声を上げる。


 人生、何が役に立つのか分からないものだ。真面目に聞いておいて良かったかな。


 開発の参考になったのは元の世界の友達。同じ高校に通う同級生で所謂『ミリオタ』という奴で、よくその手の話を聞いていた。


 今回は火薬が手に入らなかったので、空気を圧縮する風魔法の魔装具を使って弾を発射している。要は空気圧で撃ち出しているのだ。


 風魔法で矢や金属を飛ばす武器は古くから考えられていたようだが、実戦で使うには射程も威力も充分では無く、実用化はしなかったようだ。

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