第14話 善意の城主

 ソロモン式通信機と名付けられた新型魔装具の完成により、評価が鰻登りのソロモン。それとは別に注目が集まっているのが彼の料理である。


 レパートリーを増やしたいソロモンと、実家でも彼の料理を食べたいエウリーズの思惑が一致したので、食事の時間が近づくとソロモンは調理場の使用人の元へ移動。


 最初は城主が料理をすることに対して、恐れ多いと戦々恐々だった使用人達。今ではすっかり打ち解けている。勿論ヴィクトルともだ。それに対してエウリーズは、

「良い意味で城主らしくないからよぉ。ソロモンちゃんの美点ね」


 ニヤニヤ笑っていた。実家にソロモン式通信機の設計図と共に料理のレシピを送ったらしい。


 使用人も含めた城内で暮らす全員が一日三回、同じ卓を囲み同じ物を食べる。使用人の身分で、城主ソロモンと本来の主人であるエウリーズと同席するなど、本来は有り得ない事だ。その事に対してエウリーズは、

「城主の意向だし、そんな細かいことは気にしないわよぉ」


 ケラケラ笑っていた。帝国貴族のお坊ちゃんの割には良い意味で貴族らしくない。


 そんなある日の夕食の席。


 何か、あったかのかな。


 いつものように研究の話をしながら皿を空にしていく技術者達の近く、一人だけ上品に料理を口に運ぶベルティーナの様子がいつもと違う。


 表情が暗いな。料理が不味い訳じゃないよな。以前出して大好評だった料理だし、味付けも失敗していないし。正門館で全員で食べるって事に対しては不満は無いって言ってたし。本館には技術者達は出入りしないし、日中も静かだし。使用人も基本的に世話をしなくていいって言ってある。ベルティーナさんもそこは了承している。


 ベルティーナは周囲を気にする素振りを見せず、目を伏せたまま料理を口に運んでいる。


 これは後で聞いてみるか。時間が中々取れなかったが丁度良い物があるし、な。

 食事が終わり各自バラバラと席を立つ。後片付けをいつものように使用人達に任せて、ヴィクトルと一緒に本館に戻る。ベルティーナは一足先に戻ったようだ。


 いつもの廊下。分厚い雲が夜空の輝きを隠し暴風雨が窓を激しく叩く。今夜は馴染みの静寂がなりを潜めていた。


 ソロモンは自室に戻らず本館の調理場に入った。


「よーし作るか。ヴィクトル、ボウルを取ってくれ。あと小麦粉も」

「おやぁ? 何を作るんで?」


 聞いたことの無い男の声だ。


 腰の剣に手を掛けて素早く振り向く。ヴィクトルも声の方へ向く。


「良い反応で。最近鍛錬の時間が少なくなったようで心配してたんで」


 黒い鎧を着た男。牙が二本、笑った口元から見えている。


「久しぶりに来たね、サポーターの悪魔さん。時間が経ちすぎて忘れかけてたよ。名前を聞いても?」


 剣の柄から手を離し、皮肉を投げる。


「『キマリス』で。ゲームバランスで頻繁に来れないのもので」

「キマリスね。ふと思ったけど強化されるタイミングって法則があるの?」


 キマリスは少し考える素振りを見せた。


「特定の条件を満たすと強化されるルールだけど条件は非公開で。これ以上は話せないので」

「やっぱりゲームバランスか。分かった。今回の強化内容は?」

「ベース能力の強化で」


 指を鳴らすとヴィクトルは黒い霧に覆われる。その霧はすぐに跡形も無く消えた。見た目に変化は無い。


「強化完了で。『スケルトンイオタ』になりましたので、自分は戻るとするので」


 踵を返すと、キマリスは音も無く消えた。


「淡泊な悪魔だったな。いいや、再開しよう」


 作業は順調に進み焼き上げるだけとなった。充分に熱した竈に投入したところでドアが開く。


「あらここに居たの。な~に作ってたのよぉ?」


 いつものオネェ技術者、エウリーズが調理場に入ってきた。


「エウリーズさんか。ちょっとビスケットをね、焼こうかと思って。ちょっと待っててくれれば、焼き立てをお分けしますよ」


 シンクの縁に腰掛け、竈に親指を向ける。中では生地を赤色の光が包んでいる。


「そうなの? じゃあ待たせてもらうわねぇ」


 その直後、一際大きな風雨が窓を激しく叩いた。


「今夜は大荒れだな。明日の朝には治まっているといいんだけど」

「そうねぇ。今日はカシェイアの機嫌がすこぶる悪いわねぇ」


 夕方頃から吹き始めた暴風雨はまだ衰える気配を見せていない。


「カシェイアって確か空の神様ですよね?」

「そうよぉ。天候を操る力を持っていて、巨大な鳥の姿をしている神様でねぇ。機嫌が悪いと天気が荒れると言われているのよ。別の大陸だと逆で、機嫌良く飛び回ってると天気が荒れるって言うわ」

「機嫌が良いのか悪いのか分からんね」


 暴風雨は静かな夜の城内を騒がしくし続けている。それでもこの古城はビクともせずに黙って建っていた。永い時をこの山で過ごしてきたこの古城にとっては、数え切れないほど乗り越えてきた風と雨なのかもしれない。


「カシェイアは地の神バイラックと共に、農業を営む者の間では人気の神様でねぇ。世界中で信仰されてて、祭っている神殿なんかも多いそうよ。多分一番人気の神様じゃないかしら」


 一番人気ねぇ。そいつも異世界サバイバルゲームに賛同したヤツだろう。まさかカシェイア、俺のことを眺める為にこの城の上を飛び回っているんじゃないだろうな。


 天井を見上げるが確認できるはずも無く、竈の方へ視線を移す。


「そういえばベルティーナちゃん、今日は元気無さそうだったわねぇ」

「あ、エウリーズさんもそう思います? 俺もそう感じました。昼食の時はそんな感じではなかったんですけどね。それを聞きに行くのに丸腰だとちょっと……と思って今焼き上がりを待っているところです」

「うふっ、ソロモンちゃんって人をよく見ているわよね。そういうとトコ、点数高いわよ」


 ちょっとだけ怪しい笑顔に、ソロモンも釣られて表情が緩む。


「俺の城で暮らす人達の事は気にしないとね。特にベルティーナさんは、休暇で預かっている訳だしさ」

「もうすっかり城主様ね。城主様がしっかり者だと安心しちゃうわ」

「そうですかね。城主らしくないって未だに言われるし。その自覚もあるし」


 エウリーズは再び笑って、

「そこが貴方の一番良い所だと思うわ」

「そうかな」


 照れ隠しで竈の様子を窺うフリをした。

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