第13話 成果、一つ
機材が沢山搬入された大広間と隣接するいくつかの部屋。それらを纏めて小規模の研究所とした。
全会一致で決まった名前が『ソロモン城研究所』である。真鍮のプレートに打刻し、それを大広間の大きな両開きの扉に設置した。ちなみに大広間の本来の名は『正門館第一広間』で、第二広間は倉庫として使っている。間違いなく本来の使い方ではないが、気にする者は誰もいない。
ソロモンはエウリーズの講義を受けている。
「魔装具にとって最も重要なのは『変質材』と呼ばれる部品よ。簡単に言うと魔力を別の力に変える為の物ね。触れた魔力を変化させる性質を持つ物質で、用途に応じて使い分けているの。魔力を蓄積、放出する『人工魔石』と変質材を組み合わせることが、魔装具の基本的な仕組みね」
「要は熱に変えたり光に変えたりする為のものですね。複数の変質材を組み合わせてもいいかな」
「勿論よ。変質材の開発と組み合わせ方で性能が大きく変わるからねぇ」
テーブルの上には色や形状が違ういくつかの変質材が置かれている。金属のもあれば非金属の物もある。ガラス瓶に入った半透明の液体も変質材の一種らしい。
「変質材は魔力に触れても変化せずに使い続けられる物と、変化して使い物にならなくなる物があるの。物によっては変質材よりも、その他の部品の方が劣化して故障するケースもあるわ」
エウリーズの講義を聴きながら、現物に触れてみる。表面がツルツルした物もあればザラザラしている物、大きさの割には重い物もある。
実際に魔装具を解体、組み立てを行いながら詳しい解説を聞く。比較的構造が単純な魔装具は解りやすいが、中には精密機械かと見間違う程に、小さな変質材が複雑に組み合わさった魔装具があった。
やばい。超楽しい。これはハマる。
今日の研究が終わって夕食後。自室に戻ったソロモンは、エウリーズが持ってきてくれた教本を見ながら魔装具を弄っていた。普段はとっくに寝ている時間だ。
「うん? 待てよ。これって理屈は解らなくても、そうなるから使ってるんだよな」
ある閃きがあった。黒髪を掻きながら円筒形で小型の変質材をジッと見る。元々は照明器具に使われる用途の、魔力を光に変える変質材の失敗作から生まれた物だという。魔力を浴びても全く光らないのだが、ある魔装具に使われている。
物理の先生が言っていたな。光と同じ仲間だって。
魔力の出力を上げても全く駄目だったということは、効率の問題なのかな。雷魔法の変質材と組み合わせたら改良できないものか。
それを検証し始めて三日目の午後、ソロモン城が建つ山の麓にソロモンとヴァイパー博士は居た。アスレイド王国側の領地、城へ続く山道の入り口のすぐ横だ。
「晴れて良かったですね。いくらか暖かい」
「そうじゃな。今は秋の真っ只中、収穫の時期が終われば冬はすぐじゃよ」
ヴァイパー博士は幌付き馬車に積んだ魔装具を弄っている。同行したヴィクトルは、静かな見晴らしの良い草原の先を眺めていた。
「よし準備はいいぞ。作動させるぞい」
縦に長い長方形で、元いた世界で一番有名な辞書より一回り大きい新型魔装具。正面から見て右側に小さい鐘が入ったガラスの筒が取り付けられている。スイッチを入れると作動中を示す小さな光が点灯した。その横でソロモンは腕時計を見る。
「時間ですよ」
「待ってたぞい。それでは始めるとするかの」
新型魔装具のつまみを捻って半回転させる。
「テストテスト、こちらはソロモン。エウリーズさん聞こえますか?」
新型魔装具に向かって話し掛ける。返事はすぐに来た。
『こちらエウリーズよぉ。声は聞こえているわ。ハッキリと聞こえているわよぉ』
「やった! やったぞい!! 声が聞こえてくるぞい! これは雷魔法の研究のお陰なんじゃぁ!!」
歓喜の大暴れが若干鬱陶しいヴァイパー博士を、ヴィクトルはじっと見つめていた。面白いのかドン引きしているのかは不明。
『こっちでも大騒ぎよぉ。こんなに離れているのにハッキリと聞こえるもの』
他の技術者達が代わる代わる向こうから話し掛けてくる。音声は彼等の興奮具合が良くわかる程クリアだ。
「長距離通信機。上手くいきましたね」
『そうね。これ山の麓まで届いているんでしょう? 正直ここまで遠くに届くとは思わなかったわ』
「雷魔法じゃあ! 雷魔法に使われる変質材のお陰なんじゃあ!!」
この世界の魔力式通信機は短い距離までしか声が届かない。今まではどうやっても遠くまで届く物が作れなかったらしい。そもそも何故離れた所まで声が届くのか、原理自体もハッキリと解っていないという。
声が届く理由、ソロモンは『電波』ではないかと考えた。波長が違うだけで光と電波は同じ電磁波の一種。光を放つ変質材の開発過程で、偶々光と波長の違う電波を放出する変質材が出来て、魔力式通信機が生まれたのではないかとも。
技術的な問題で実際に電波が発信されているかは分からない。だが魔力式通信機に使われている変質材と電気を発生させる変質材、両方の改良と組み合わせで従来の何倍もの距離に届く通信機は完成した。
一部手を加えた設計図をステルダムに送り、量産する手筈になった。目に見える成果が短期間で出た事で、技術者達の士気は爆上がりであった。
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