第12話 技術革新を目指して

城の一部を研究所化する計画。エウリーズは迅速に動いた。結果、八日後に十台を超える馬車が城に到着し搬入作業が急ピッチで進んでいく。


 正門館の空き部屋は技術者達の生活用に一斉清掃。調理場や、あまり広くない公共浴場も使える様に清掃と整備を行う。ベルティーナ以外の全員が作業にあたった。


 人工魔石を使った照明器具や給湯器、冷凍庫等の整備は技術者達が率先して行った。やはり魔力を使う道具である魔装具の専門家達だったようで、手際良く作業を進めていく。


 来城したのは何も研究に直接関わる人だけではない。炊事や清掃などを行う使用人も四人来ていた。エウリーズの屋敷に勤めていたのを連れてきたらしい。


 ソロモンはエウリーズと打ち合わせをしつつ、陣頭指揮にあたる。ヴィクトルも不休で動き回り運搬と清掃を手伝った。殆ど使っていなかった正門館は瞬く間に小規模の研究所に変わり、到着から二日後には研究がスタートした。


「これだけのことをやって費用は全部エウリーズさん持ち。凄いと言うか申し訳無いというか」

「ソロモンちゃんの知識への対価よぉ。知識と技術には相応の対価を払う。それがステルダム流なの」

 思わず笑ってしまった。その考え方はとても近いと感じたからだ。


「俺の故郷の日本って国はさ。島国で国土も狭くて天然資源に乏しい国なんだよ。でも輸入した資源を有用な物に加工する技術は世界一でさ」

「職人の国ね。全員がそうではないでしょうけど。ならワタシ達技術者にとっては最高の異世界人に出会えたという事になるわねぇ」

「そうか……。そう言ってもらえると嬉しいな」


 自分がこの世界の人間に受け入れられた。その事実がソロモンの心を軽くしていく。


 早速技術者達を集めて会議を行った。会場は様々な機材が運び込まれた大広間の隣の部屋だ。エウリーズが集めた選りすぐりの技術者は六名。最年長は六十を超えた髭の長い男性。四十代くらいの眼鏡を掛けた男性。二十代の若い技術者が四人でその内二人は女性だ。


 技術者達からの期待を込めた眼光がソロモンに集まる中で話し始める。

「え~それでは内容についてですが、事前にエウリーズさんと話し合いました。その結果武器や兵器を中心に開発。更に生活を便利にする道具の開発も行う、ということになりました。どうでしょうか?」


 異議無し、と返ってきた。ソロモンは追加で描いてきた図面をテーブルに広げる。

その図面を覗き込む技術者達の顔は真剣そのものだ。


「これは馬が居なくても走る馬車かね?」

「はい。『自動車』というものです。動力源と回転運動が出来る機構があれば実現は可能です」


「アルミニウムという金属に銅を混ぜる? アルミニウムというのは何だ?」

「それは金属の一種です。軽くて色々な金属を混ぜると有用な合金が出来ます」


 この世界の人間にしてみれば、ただの妄想かと思うだろう内容の数々。それでも技術者達は真面目に考えている。ソロモンも自分なりに考えた案を加えていた。


「俺は魔法が使えないし、魔装工学もよくわかっていない。だけど俺の世界の科学技術を再現するより、この世界で発達した魔法に、科学を融合する方針で開発を進めた方が成果は出ると思うんだ。所謂『ハイブリッド』ってやつ」


 ソロモンと技術者達の間で様々な意見が出た。話し合うだけでは進まないと判断し、大広間の資機材を使って実現可能かの実験に移行。その中で一人、やたら興奮していた技術者がいた。


 最年長の髭長技術者、ヴァイパー博士である。


「ソロモン君! この部分なんだけどね!」

「はいはい、ここですね」


 それは頭の中から大量に掘り出した知識を記した紙の中から、ある図面を見せた時のことだった。それは他の技術者達が兵器に直接繋がりそうではない、と検討を後回しにしたモノ。彼だけは逆にもの凄い勢いで食いついたのだ。


 お陰でソロモンは怒濤の質問攻めを受けていた。そこにエウリーズが様子を見にやってくる。


「ねぇヴァイパー博士。そっちはどう?」

「ワシはな。今まで雷魔法の研究をしてきた。鎧を貫く雷魔法に可能性を見い出し研究を続けてきた。しかし雷魔法は今まで、武器にしては威力が低く生活用品としても有用な物にはならない性質だというのが常識とされた」


 ヴァイパー博士目を輝かせて図面を食い入るように見ている。


「じゃがこれを見てみるのじゃ」

 指を差した所に書かれた文字。そこには『電気』と記されている。


「魔法は魔力を別の力に変える、というものじゃ。火魔法は熱に、水魔法は液体を動かす力に、風魔法は気体を動かす力に、光魔法は光に……というようにな」


 ヴァイパー博士はエウリーズを見て、

「雷魔法は『雷』という力に変える、そう考えられていた。じゃがソロモン君が言うにはこの電気という力に変えていると言うのじゃよ」

「そもそも自然界で発生した膨大な魔力が、大空で何らかの理由で雷という力に変換される。雷は轟音と閃光を発生させ、時に地面に落ちて物体を破壊すると考えられていたわよねぇ。ただそれが事実なのが証明されていなかったはず」


 腕を組んでヴァイパー博士とソロモンを交互に見る。


「俺は物理学者じゃないので専門的な事を説明できないのですが、電気という物理現象があるんですよ。そもそも雷というのは自然に発生する電気の一つです。ヴァイパー博士が詳しく説明してくれたのですが、やはり自然に発生している雷は魔力とは何の関係も無さそうです」


「発生現場で魔力の反応が見つかった例は無い。じゃが魔力と関係が無い自然現象なら矛盾はしない。それに電気がどういう現象なのかを詳しく聞いたのじゃが、ワシの研究した雷魔法の内容と驚くほど一致するのじゃよ」

「俺の世界では、電気はエネルギー源として広く使われているんです。電気が豊かな生活を生み出し、支えていると言っても過言じゃない。魔力を電気に変える雷魔法は、むしろ俺の得意分野かもしれません」


 やや落ち着きをみせてきたヴァイパー博士。エウリーズは何か考えているのか、腕を組んだまま眉を動かしている。


「ソレ、兵器には使えるヤツなのぉ?」

「そうですね……基本的に兵器や機械を作動させる動力源に使われています」


 戦車、軍艦、戦闘機。どれも燃料で動くが搭載している電子機器は電気で動いているハズだ。


「武器や兵器とまではいかなくても、魔装工学と組み合わせて戦いに便利な物が出来ると考えています」

「やってみる価値はあるぞい、エウリーズ博士」

「……貴方達がそう言うなら止めたりはしないわ。元からそういう気なんて無いしね。成果が出たらすぐに教えて頂戴よ?」


 研究はまだ始まったばかりである。

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