第11話 元世界の武器

 ソロモンが持つ元の世界の知識をエウリーズは興奮気味で聞いている。あまり上手くは無いが、図を描いていたのも理由の一つだ。


「これは拳銃という名前で、遠距離攻撃が出来る武器なんです。飛ばすのは弾丸と言うモノで……」


 円筒型のガラスコップに書き損じた紙を捻ったものを突き刺して、弾丸の仕組みを説明する。


「理屈は分かったわ。問題は先端の金属針のような物を飛ばす為の『火薬』っていう粉末ね。火か衝撃で爆発するなんて聞いたことがないわ。作り方は分かる?」


 この世界に火薬は無いらしい。理由は恐らく魔法が科学よりも発展してきたからだろう。


「作り方は分からないんだ。材料が木炭と硫黄と硝石だってのは知ってる。木炭は作れるだろうけど他はどうだろうな」


 ソロモンは黒髪を掻いて、

「硫黄は火山の近くで採れると思う。硝石は、そもそもどういう色と形状なのかが分からない上、何処で採れるか見当が付かないんだよなぁ。火薬が量産できれば城門を吹っ飛ばしたり、固まって動いている所を一網打尽にしたりと、戦いには間違いなく有用なんだが」

「材料自体が分からないとねぇ。でも火薬は作れなくても、それと同じ性質のモノがあればこの武器は作れるのかしらね?」


 エウリーズはガラスコップから捻れた紙を出したり戻したりしている。


「ええ、要は筒型の金属で圧力を一方向に集中させて飛ばす物ですから。金属を加工する技術はあるようですし」


 ソロモンの説明に、相槌を打ちながら図面に目を走らせるエウリーズはいつもより真剣だ。


「魔法でなんとか代用できそうですかね?」

「そうねぇ……発想自体は理解できるからねぇ。色々試してみるわ。これは一旦保留ね」


 他にも様々な知識とそれを基にした武器や兵器の話し合いをした。新規開発だけで無く既存の兵器の改良案も含まれていた。


「ねぇソロモンちゃん。相談なんだけど、城の一角を貸してくれないかしら?」

「別にいいですよ。何に使うんです?」


 ソロモンは即答した。


「ある程度の道具を持ってきて、小規模の研究所を作りたいのよ。予算はワタシの方から出すし、成果はちゃんとソロモンちゃんにも渡すわ」

「資機材が揃っているステルダムの研究所の方がよくないですか?」

「話を聞いていて思ったんだけどねぇ」


 エウリーズは人差し指を自分のこめかみに当てた。


「正直異世界の知識は想像以上よ。底が知れないわ。ソロモンちゃんには是非ともステルダムに来てほしい。力を貸してほしい。でもソロモンちゃんはここから長期間離れられないでしょ? 領地経営の準備もあるし、なにより大事なお客様が来ている。そうでしょ?」

「ええ、そうです」


 エルドルト行政官から定期的に領地内の調査報告が来る。紙でやり取りしなきゃならないので、ステルダムに行けば時間が掛かりすぎるのがネックだ。


「ならワタシの方からここに来れば解決でしょ? 規模が小さくなっても、常にソロモンちゃんの意見を聞ける方がメリットが大きいと判断したわ」


 ソロモンは黒髪を掻きながら頭の中を整理する。


「分かった。正門館に使っていない大広間がある。そこならある程度の広さがあるし、資機材の搬入も楽だろうから、そこを使って下さい」

「決まりね。明日から手配するわ」


 話が纏まった所で不意に隣のドアがノックされる音が響く。三人の視線が音がしたドアに集中する。廊下に続くドアだ。


「どうぞ」


 ソロモンの返答にドアがゆっくりと開く。ベルティーナが金髪を揺らしながら入ってくる。どことなく表情が暗い。


「失礼します」


 鈴を振るような声と共に迷い無く流れるように一礼する彼女は、一目で育ちの良さが分かる。


「貴方がベルティーナちゃんね」


 エウリーズの反応は早い。ゆっくりと歩み出る。


「ベルティーナ・セレスティーヌ・ハルドフィンと申します。城主様のお客様なのに挨拶にも参らなかった無礼をどうかお許し下さいませ」


 ゆっくりと頭を垂れる。


「こちらこそごめんなさいねぇ。ワタシはエウリーズ・ステルダム。フェデスツァート帝国で技術者をしているの。よろしくねぇ」


 名家のご令嬢ムーブをいつものペースで対応するエウリーズ。


「何かあった?」

「いえ……お忙しいようでしたらまたお暇の時にでも」

「遠慮しなくてもいいわよぉ? 何でも言って頂戴な」

「それ俺の台詞だと思うんだけど。まあいいや、どうしたの?」


 エウリーズさんも悪い人じゃないしな。


 ソロモンとエウリーズを交互に見たベルティーナは口を開いた。


「催促をするようで申し訳ないのですが……。夕食の時間になってもソロモン様がお見えにならないので様子を見に来たのです」


 ソロモンは腕時計を見て固まった。


「夕食の時間、めっちゃ過ぎてる……」


 食事の時間はいつも決まっている。多少前後することもあるが、今回は多少という表現が不適切な時間になっていた。つい夢中になっていたらしい。


「ごめんベルティーナさん。すぐ作るから勘弁してくれ」

 両手を合わせて平謝り。ベルティーナは安堵したように大きく息を吐いた。


「ワタシもお腹空いちゃったわぁ。お昼から何も食べてなくてねぇ。この間オールトちゃんがソロモンちゃんの料理を絶賛してたのよぉ」

「全員分すぐに作りますよ」


 かなり遅い夕食。メニューはパスタだ。ミートソースは一晩寝かせてある。初めて見る料理に大騒ぎするエウリーズの横で、ベルティーナは上品にフォークを使い食べる。


「おいしぃ~。ねえベルティーナちゃんはいつもこんなおいしい物を食べているの?」

「はい。一日三食いつも違う料理が出るんです。全部美味しいですよ」


 満面の笑顔。ソロモンはそっと胸を撫で下ろした。

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