第10話 知識

「ねぇねぇソロモンちゃん、噂のお嬢さんどこで捕まえてきたのよ~」

 帝国貴族の一人にしてオネェの技術者エウリーズの開口一番がこれである。


「別に捕まえた訳ではないですよ。人聞きが悪い。ラグリッツの件で知り合った人の妹さんで、冬を越すまでの間休暇に来ているだけです」

 エウリーズは片方の眉を上げた後、疑いの眼差しを向ける。


「ホントにィ~? だって年頃の娘が一人で、わざわざ遠方から若い男の一人暮らしになのよぉ? 怪しくな~い~?」

「あ、怪しくないですよ」


 とは言ったものの、改めて現状を冷静かつ客観的に考えてみる。


 城主と客人の関係なのは事実だがそれを否定出来る証拠が……無い! よくよく考えたら恋愛絡みの男女関係だと噂されてもおかしくない状況じゃねーか!


「ねぇねぇどうなのよ?」


 エウリーズを通したが、移動中は根掘り葉掘りその事を聞かれた。経緯は話したがどこぞのお嬢様を連れ込んだ疑惑は払拭出来なかったようで、エウリーズの猛攻は止まらない。


 巷ではソロモンの元に謎の美人お嬢様が嫁いできたともっぱらの噂らしい。


 ヴィクトルの援護は一切無い。いつもの調子で後ろを歩くだけだ。


「そ、そうだ大昔の学術書! 翻訳が一通り終わったんだ! その話をしましょう!」

 強引に話を逸らす。


「ま、いいわ。本題に入りましょう」


 謎のお嬢様の件はこれで一旦打ち切られた。城主室に招き入れ、執務机の横の棚に手を伸ばす。


「これですよ。こっちが学術書。こっちが翻訳した内容を書いた方。ページの下に数字を書いておいて、何処の翻訳なのか分かりやすくしておきました」


 受け取ったエウリーズは新しいおもちゃを貰った子供のようにはしゃぎながら、

「早速読ませてもらうわねぇ」

「そこの椅子とテーブル使って下さい」


 本や書類で半分占拠されているテーブル、ヴィクトルは適当に置かれたそれらを端の方に寄せて場所を空けた。


「ありがと。さぁてどんな事が書いてあるのかしらん」


 椅子に腰掛け、足を組んで学術書を開く。時々眉を動かし唸るような声を出しながら読み進めていく。


 ソロモンは紅茶を出した後、執務机で作業の続きを始めた。ヴィクトルも自分の机で本を開く。暫く無言の時間が流れていった。


「一通り読んでみたけど中々興味深いわねぇ」


 学術書を閉じ、口元に手を当てながら首だけ動かしてソロモンを見る。


「何か使えそうな物はありましたか?」

「今では時代遅れの物も多かったけど、有用そうな物もいくつかあったわ。どうも発想自体は良いのに当時の技術では実現できなかったようねぇ」

「それは良かった。やっぱりこういうのは専門家に見せるのが一番だな」


 この短時間で全部読んで判断できるとは思わなかった。エウリーズさんは本当に優秀なんだな。


 エウリーズはにやりと笑って、

「ここに来たもう一つの理由、貴方の世界の知識と技術の件だけど」

「それも全部じゃないけど紙に書いて纏めてあるよ。前にも言ったけど俺は専門家じゃない。理屈が分かっても実際に造る技術は無いし、どういう物かが分かっても中身がどうなっているか分からないからね」


「そこのところはちゃんと分かっているわよ。知識をどう生かせるかは、ワタシの腕次第ということがね」


 自信に満ちた挑戦的な顔に変わるエウリーズに、ソロモンは紙の束を渡す。


「兵器開発に繋がりそうなモノを中心に書いた。後は日常生活に使えそうなヤツもいくつか書いたよ。本当は魔物退治にだけ使って欲しいんだけどね。約束は約束だ」

「どんな形であれ戦いというモノに関わってしまったのなら、もう引き返せないものなのよぉ」

「分かってますよ。異世界の歴史ならどうしようもない事だし、俺もフェデスツァート帝国の貴族だ。……覚悟は決まってるさ」


 求められたのは兵器関係の知識。エウリーズが最も得意としている分野。有用な兵器が人にも向けられる事は理解している。


 フェデスツァート帝国の東に北方大陸で最大の領土を持つ国がある。聖エストール王国と呼ばれる大国だ。


「軍事を司るストルクバルン家からの情報だとねぇ。二ヶ月前からエストールに軍拡の動きが見られるそうよ。しかも今月に入ってから、目に見えてその動きが活発になってきてるようね。ワタシの一族の都市ステルダムは工業都市だから、武器の大量の追加発注が来たのよ。新兵器の問い合わせもね」

「休戦期間、もうすぐ終わるんですかね?」

「そう考えて帝国は動いているわ。ただストルクバルンは妙な気配がすると言っているのよねぇ。エストールの軍と騎士団の動きが今までと違うらしいわ」


 出たよ異世界の名物、騎士団が。


「ちなみに軍と騎士団の違いはなんですか?」

「国によって違うわよ。帝国うちにはそもそも騎士なんてのは居ないし、騎士団があって軍隊が無い国もある」

「役割とか権限が違うと考えていいのかな?」


「そうよぉ。フェデスツァート帝国軍はねぇ、四つに分かれているのよ。国内の治安を守る『治安維持隊』。皇族や要人の護衛を行う最精鋭の『近衛兵団』。最大戦力で何でも屋とも言われる『帝国主軍』、一部の帝国貴族が例外的に保有を許可されている『非正規部隊』の四つね」


「役割で別れているのか。あ、でも非正規部隊だけなんか違う気がする」

「指揮系統と元々の運用目的と予算の出所が違うだけで帝国軍の一部なのは変わりないのよ。有事の際は協力するし、権限も軍法で定められている。代表的なのはストルクバルン家ね。対エストール戦を目的とした師団規模の兵力を保有しているわ。帝国主軍も一部が常時彼等の指揮下に入ってる。ま、そもそもエストール以外に敵国と認識している国が無いからなんだけどねぇ」


 大陸の東半分を領土にしている大国が相手だと必要戦力も尋常じゃないだろうな。


「話は騎士団に戻るけども。エストールの騎士団は帝国軍で言うところの治安維持部隊と近衛兵団に当たるわ。魔物の討伐に出ることも多いようだけど内側の戦力ね。エストール軍は外側、他国に対する戦力。想定している相手は当然帝国うちよ。まあだからといって騎士団が出張ってこないとも言い切れないんだけどねぇ」

「そうなのか。まあ一番の相手が軍隊なのは変わりないか」

「そうねぇ。でもまだ時間がある。だからソロモンちゃんの知識に期待しているわ。勿論完成した新兵器は、ソロモンちゃんにも提供するからねぇ」

 ソロモンは何度か小さく頷いた。

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