第9話 最強の『アレ』発見

 一ヶ月も経てば、ベルティーナが使っている姫君の部屋もそれなりに埃が溜まる。なので掃除を行うことにした。勿論やるのはソロモンとヴィクトルであるが、テーブルや棚の拭き掃除は本人の申し出でベルティーナも手伝ってくれた。複数の部屋があるが使っているのは一部のようだ。


 水回りのトイレと浴室だけは週一で掃除に来ていたが、勿論手は抜かない。水垢は入念に落とす。


 髪が長いから結構排水溝に溜まるんだよな。


 元々実家では掃除は殆どしなかったし、学校での掃除も適当にやる事が仲間内で横行していた。けれどこの世界に来てからは、ちゃんとやるようになったので腕前もかなり上がった。


 手際よく掃除を進め、一時間半でトイレと浴室と脱衣所を綺麗に。人工魔石で動く暖房装置と給湯器のメンテナンスも終わった。

  

「それとこれ、新しい石鹸と入浴剤。持ち込んでた物もそろそろ使い切っちゃうでしょ?」

「お気遣いありがとうございます」


 柔らかに笑うベルティーナに、小さく手を振ってソロモンは引き上げる。


「一休みしたら今日の鍛錬をするか」

 廊下を歩くソロモンの腰から呼び鈴が鳴った。


「はい、どちら様で?」

『突然すいません、私商人をやっておりまして……』


 疲れたような、困ったようなトーンで話す男性だ。


 偶に商人が訪問販売に来るんだよな。特に不足している物は無いんだが。


「何か売りに来た? そうだったら何を持ってきたのか言って」

 アクセサリーとかは要らないですよ、と。


『海藻でございます』

「……海藻?」

『海の中に生える植物でして。食用になる物なんですがね。勿論毒などは入っていません』

「ちょっと待った。海藻類は元々流通していないんじゃなかったのか? そもそも食用という認識が無いって聞いたことがあるぞ」


 海に面したケステンブールやフラスダでも海藻類を使った料理は無かった。魚を捕る為の網に引っ掛かる邪魔者扱いという話を聞いたことがある。


『食糧不足にならないと見向きもされないのは事実です。実は南の方で食料が不足するかもという噂を耳にしまして。今なら売れるだろうと思って仕入れたのですが、全く売れなくてですね困っているんです。買って頂けたら助かるなと思いまして……』


 仕入れミスったのかよコイツ。いやそれよりもだな。


「食糧不足ってマジ?」

『いえ、後で聞いたらデマだったようです』


 デマだったのかよ。


『保存が利くように加工されていますので、春まで大丈夫ですよ』


 待てよ、門前払いするのはまだ早いな。


「現物を見てから決める。今行くから待って」

 ソロモンは足早に入り口で待つ商人の元へ向かう。


「待たせたね。現物を見せてよ」


 ドアを開けた先には疲れた顔の男が居た。ソロモンが興味を示した事で気持ちが浮いたのか、少し生気が戻った顔になった。


 こちらです、と手に持った木箱を開けて見やすいように傾けた。


「まぁ確かに海藻だな……」

 色褪せたような緑色の不揃いな形の物が入っている。


「いくつか種類がありまして」


 近くに居た商人の仲間が別の箱の中身を見せる。種類毎に分けて入れているようだ。それを一つずつ確認していく。


「色合い的にはこれっぽいんだよな」


 目を付けたのは黒っぽい海藻。


「ちょっとこの海藻類を調べさせてくれない? そんなに時間は掛からないし、中で待ってても良いからさ」


 商人の了承を得てサンプルをいくつか貰い、中の応接室へ案内する。その後正門館の調理場へ駆け込んだ。


 確か家庭科の授業でやったんだよな。


 鍋を並べて海藻を種類毎に分けて入れ火にかける。お玉を使い様子を見る。

 二十分後、お玉で掬って口に入れたソロモンは叫んだ。


「これ! これだよこれ!! 昆布出汁だッ!! 大当たりだぜ! 種類が違うだろうが近い種類のヤツだ!」


 他の鍋も同様に掬って確かめる。


「出汁は出てないみたいだけどちゃんと調理すればこれも食えそうだ」


 火を止めて大きく息を吐く。


「買いだな」


 城を後にした商人は安く買い叩かれても満面の笑みを浮かべていた。出汁が取れた物だけ今度機会があったら売りに来てと伝えた。


 異世界昆布と呼ぶことにしよう。夕食のメニューは変更だ。


 買い取った海藻類を本館へ運び込み早速試作品に取り掛かった。


 その日の夕食時、いつもの時間にベルティーナは食堂にやって来た。完成品は出来ている。


 おっ? ベルティーナさんからメチャクチャ良い匂いがするぞ。爽やかで透き通るような……思わず立ち止まってしまう良い香りだ……。


 当然料理の匂いではない。ほんのり赤い頬を見れば思い当たる節は一つ。


「もしかしてさっき渡した入浴剤、早速使った?」

「ええ、使わせて頂きました。初めての銘柄でしたけどとても良かったですよ」


 爽やかな香りを纏う彼女は優しそうな顔でソロモンとその手元を見やる。


「それは良かった。この辺りじゃ人気の銘柄らしいよ」


 今度シェイラさんにお礼言っとこ。やはり餅は餅屋、だな。いやこの世界には餅どころが米があるのかすら不明だが。


 実は自分で選んだ物では無かった。帝国美女商人シェイラに相談したところその場で勧められた品だ。彼女はソロモンが謎の美女を城に連れ込んだという、一部誤解が生まれそうな噂を聞きつけてやって来た。


 女性への贈り物を沢山持ち込み、グイグイ来るセールストークを浴びせてきたところをみると、何か誤解をしているらしい。予備の人工魔石を多く買うから勘弁してくれと白旗を揚げなければ、高そうな装飾品を山ほど買わされる所だった。


 女性の気を引きたかったら相談に乗るわよ、と帰り際に妖艶な顔で言う彼女は間違いなくプロの商人である。


「本日のメニューは何でしょうか?」

 目の前にはサラダとドリンク、底が深めの皿とスプーン、フォークが並ぶ。


「最近は随分寒くなって来たからね。メインディッシュは熱々の鍋料理だよ。今日は海藻を入れてみたんだ」


 テーブルの真ん中に、魔物狩りの時に使っていた携帯用の魔力式コンロを置き作動させる。炎が出ない代わりに表面がすぐに赤くなった。そこにヴィクトルが大鍋を乗せる。


「見てみ。今日はちょっと味付けを変えてあるんだよね」


 ソロモンが鍋の蓋を開ける。湯気が立ち上る中を、恐る恐るベルティーナが覗き込む。綺麗に並んだ具材の一部が汁から顔を出していた。


「牛肉と鶏肉、後はキノコが三種類と根野菜が二種類入ってる。今取り分けるよ」


 手際よく目の前でよそいベルティーナの元へ。


「さぁ食べよう。多めに作ったんだ。お替わりは欲しかったら遠慮無く言ってくれ」


 大きく頷いてスプーンを持つ彼女は、まず汁を掬った。小さく息を吐いて少し冷ましてから口に入れる。ソロモンとヴィクトル、両名の注目が集まる。


 口に入れた瞬間何かに魅了されたかの様に、整った眉が下がった。ベルティーナはただただ無言でスプーンを動かし、皿の中身を減らしていく。


 昆布出汁、最強だな。これでレパートリーが増えるぜ。

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