第8話 ベルティーナの相談

「何か困ったことでもあった? それとも町に行きたいのかな?」

「いえ、私の滞在期間のことでございます」

「そうだもう三週間経ったか。確か最低でも一ヶ月、長くても冬を越すまで……だったな」


 そういう申し出を受けて預かったんだった。


「休暇の延長をお願いしたくて参りました。もう少しこの城に居させてくれませんか?」

「休暇の延長? 俺は冬を越すまでベルティーナさんが居る予定で考えていたから構わないよ。ここでの生活はそんなに良かったかい? 陰気と静かなことが取り柄なだけの何も無い城だよ?」


 正直なところ、この城はいいとこのお嬢様が住むには不便過ぎると思うんだよな。町までは微妙に距離があるし、結局彼女は町へは一度も行かなかったし。


「この城には私が望んでいた時間がありましたから」


 そこで一度言葉を切った。静けさが部屋に満ちる間に、ヴィクトルが音も無くソロモンの背後に立つ。


「ソロモン様もご存じかと思いますが、私は名家の娘として生を受けました。幼少期から多くの使用人に囲まれて育ち、毎日のように家庭教師が私の部屋に来ました。通った学校も全寮制でずっと集団生活で……」


 表情が曇ったのをソロモンは見逃さなかった。


「何かあったの? 嫌な事とか辛い事とかさ」

「自由な時間は確かにありました。でもそれはほんの僅かしかなくて……」


 俯いて黙り込んでしまったベルティーナ。ソロモンは人差し指でゆっくりこめかみを掻きながら様子を見ている。


 私が望んでいた時間があった、そういったよな。ここには羽を伸ばしに来ている訳だし。


「……他人に囲まれて窮屈だった?」


 ベルティーナは目を見開いて顔を上げた。


 これは当たりだな。


「……使用人や家庭教師や同じ寮で暮らす生徒達が煩わしくなる事が多くて……。悪い人達ではないのですけど……」

「四六時中他人に気を使っていると大変だよな」

「ミレイユ姉さんに相談したら、遠い異国の地で暫く休暇を取らないかとソロモン様のことを紹介されたんです」


 ミレイユ夫人のことだ。この一件は彼女からの依頼だ。


「ここには俺とヴィクトルしか住んでないし、来客も偶にしか来ないからなぁ。町からも離れているし。人付き合いに疲れて一人で居たい時には丁度いい所かもね」


 ベルティーナは小さく頷いた。


「この城は人の気配がありませんし、ソロモン様も食事の時以外に私と会わないので一人の時間が長くてとても落ち着きます」

「それは良かった。こんな陰気な城でもそう言ってもらえると嬉しいよ」


 この城に呼んで良かった。


「……私の我が儘だという事は承知しています。使用人も家庭教師も良く働いてくれたし学園の皆さんは仲良くしてくれたのに……」

「俺は我が儘だとは思わないね」


 目を丸くするベルティーナにソロモンは続けて、

「考え方や捉え方は人それぞれだよ。自分にとっては楽に感じる事でも、人によっては辛く感じる事もあるさ。周りに迷惑が掛かる様な行動をした訳でも無いんだしさ。今まで一人で抱え込んで、我慢して辛かったでしょ? 気にしなくていいと思うよ」


 部屋中の灯りを吸い込むように目を見開いた後、困惑した表情で視線を迷わせる。言葉が出ないのか口元を小さく開け閉めしている。


 その様子を見ていたソロモンを、再び彼女の紫紺の瞳が映した時ようやく言葉が出てきた。


「そう……でしょうか……」

「うん。思い詰めなくてもいいよ。学園は卒業したんでしょ? これから独立して生活していくなら、一人の時間は作り易くなると思うよ」


 やっと発せられた言葉にハッキリと返答する。ベルティーナはまた困り顔を見せた。


「卒業後の事はあまり考えていなくて……。家督はミレイユ姉様が継いだし、沢山来ていた縁談で手一杯だったし……」


 やっぱりいいトコのお嬢さんは嫁ぎ先には困らないらしい。嫁ぐ前後で困ることが多そうだが。


「将来のことも含めてゆっくり考えなよ」

「はい、そうさせて頂きます。今日はお忙しい中、相談に乗って頂いてありがとう御ございました」

「どういたしまして。また何かあったら来なよ。愚痴や相談は聞くからさ。良い意見が出るかどうかは保証できないけどね」

「宜しくお願い致します」


 この場はお開きとなった。手入れが行き届いた長い金髪を揺らしながら、真下の部屋へ帰っていく。ベルティーナは憑き物が落ちたように笑っていた。


「笑った顔、めっちゃ可愛いかったよな。少女にしては大人に見えて、大人にしては幼さが残っているように見える」


 背後で置物状態だったヴィクトルは首を傾げた。

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