第5話 お嬢様
「ベルティーナさん、出身は何処なんですか?」
「生まれは南西大陸のダルヘル、でもスオード公国の学院寮に入っていたから、人生の半分は中央大陸で過ごしていました」
ソロモンは頭の中の世界地図を引っ張り出す。この世界の陸地は概ね漢字の『王』の字の形。今居るところが北の北方大陸、南西大陸は南に真っ直ぐ中央大陸を挟んだ向こう側だ。
ダルヘルは聞いたことが無い。スオード公国は確か中央大陸の東側でラグリッツ王国の隣だった筈だ。
「ソロモン様はずっとこちらにお住まいですか?」
「いや、四ヶ月前にこの城を買い取ったんだよ。元々曰く付きの古城でさ、元の持ち主が信じられない安さで売っていたから買い取ったんだ。俺、金持ちじゃないんだけど盗賊を討伐した時の賞金が手元にあってさ。まあ色々あったんだけどね」
今はソロモンのマイホームであり活動拠点である。正門館から渡り廊下を進み生活の中心である本館へ。
「入り口から離れていて結構歩いてるけど大丈夫?」
「ええ大丈夫です。城だけあって中は広いですね」
「広すぎて手が回らないから維持管理を殆ど投げちゃってるんだよね。最低限のトコだけ手入れするので精一杯さ」
ヴィクトルに不休でやらせても、全部終わる頃には何処かしらの部屋に埃の山ができるだろう。
「あ、そうだ。ベルティーナさん、大丈夫とは思うけど頭痛とか吐き気がしてない?」
「いえ……特には」
「そうかそれならいいんだ。この城は山の中腹に建ってるし、本館は八階建てで更に高いからさ。人によっては軽度の高山病に罹るかもって思ったんだ」
「お気遣いありがとうございます」
大人にしてはやや幼く、少女にしては少し大人に聞こえる声が後ろから聞こえた。
本館中央部の図書室を迂回するようなルートで、階段を上っていく。七階にベルティーナの為に用意した部屋がある。
「ここがベルティーナさんの部屋ね。『姫君の部屋』って名前でさ。俺が使っている城主室の次に広い部屋なんだ」
扉には真鍮らしきプレート。それに姫君の部屋と打刻されている。扉を開けて中へ入ると、正面には壁紙の一枚も張られていない石の壁。向かって左手側に奥へ通じる通路。外の廊下から中の様子を窺うことが出来ないような構造だ。
「この部屋を宛がわれた私はこの城の姫君ということでしょうか」
「王も王子も召し使いも居ないような陰気な城で良ければどうぞ」
「王様か王子様はソロモン様ではなくて?」
「いやぁ城主室はあっても王の部屋とか王子の部屋って名前のは無いんだよね。そもそも俺は根が庶民だし、王とか王子とかそういうのじゃないよ」
城内の見取り図を隅々まで見ても、そのような名前は見当たらない。
「説明するよ。まずここが広間ね。取り敢えずテーブルの上に荷物置いとくよ」
広間の中央に正方形のテーブル一つと椅子が四つ。持ってきた荷物をゆっくりと置く。 奥側には採光用の大窓、両端に縦長の白いカーテン。昼過ぎなので外からの光が室内を幾らか明るくしている。
内部構造はファミリー向けマンションのように幾つもの部屋に分かれている。寝室に洗面所、トイレ、浴室、空の本棚が並ぶ私室。人工魔石を使った照明器具と暖房設備はメンテナンス済み。お湯を沸かせる装置も置いてある。勿論壁も床も備品も全て徹底的に綺麗にしたし、寝具は全て新品に取り替えた。長らく放置されていた天蓋付きベッドは特に入念に手入れしてある。
「調度品が殆ど無くて殺風景だけど勘弁しておくれ。不自由は無いと思うけど何かあったら遠慮無く言ってね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
実は色々置いてあったのだが、どれも汚すぎて全部運び出した。掃除するのが面倒臭かったし、個人的に女の子の部屋に置くのはどうかと思う物が大半だった。
「あとは……はいこれ。この部屋の鍵ね」
白い花のキーホルダーが付いた古びた鍵を渡す。ベルティーナは鍵を両手で受け取った。
「あとこの扉の先なんだけどこの先に階段があるんだ。実はここの真上に俺が使っている城主室があってそこに続いてる。わざわざ外の廊下に出なくていい様になっているんだけど」
広間の奥の扉を開けると正面に上り階段がある。
「この扉、こっち側にだけスライド式の鍵がついているんだ。これを掛ければ城主室からは出入りできなくなるから、普段は掛けとくといいよ」
ベルティーナは扉の鍵を確認する為に顔を近づける。
「ソロモン様のお部屋にお邪魔する時は、こちらから伺っても?」
「いいよ。いつでもおいで」
ソロモンの返事に少し頬を緩ませた。
それからは城内の案内。といっても図書室と調理場と食堂くらいしか本館で案内できるところは無い。
一通り案内が終わりベルティーナは部屋に戻った。夕食までは自由時間だ。ソロモンは自室に戻らずに、自分がトレーニングエリアとしている本館の一角へ向かった。
「今日初めて会ったけどさ、手紙に書いてあった通りの育ちの良いお嬢様だよな。オーラが違うよ」
ヴィクトルは剣を揺らしながら歩くソロモンの隣で頷いた。
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