第4話 ソロモン城へようこそ
オールト達が来てから一週間後、鑑定済みで売却予定の本を積み込んだ馬車がソロモン城を発った。
良い経験をさせて頂きました、と謝意を述べるオールト達を見送る。その後はいつもの静かで不気味な城内が帰ってきた。
ソロモンは規則正しい生活をしている。朝は日の出と共に起き出し朝食を摂る。午前中は馬の世話とトレーニング。昼食後は勉強をし、夕食前に軽く体を動かす。夕食後は風呂に入ってリフレッシュした後眠くなるまでダラダラと適当に過ごす。
時々晴れた日に山を下りてランニングをしたりする。ついでに魔物狩りでディナーのメインディッシュを確保。特に予定が入らなければ一日の過ごし方はこんな感じだ。
元の世界では現役高校生だが、生活習慣が完全にこの世界のものになっている。
最近トレーニングのメニューを見直した。筋トレとランニングを減らして、剣を振る回数を増やした。振り方も単純な素振りだけではない。素早い切り返しや連続攻撃、足を止めずに動きながら斬りかかるなど、攻撃パターンを増やすようにする為だ。
弓の腕は幾らか上がったが、素早く射ようとしたり動きながら目標を狙ったりはまだまだ無理のようだ。
鍛錬を継続しつつ、ソロモンはヴィクトルと共にある準備を進めていた。
その一つは本格的な領地経営。来年の春からの開始に向けて、エルドルト行政官と定期的に連絡を取り合っている。
最大の問題は計画自体がまだ白紙で、資金が集まってもどうしようもないという事だ。
もう一つは先日手紙でやり取りした件。ミレイユ夫人の妹さんが羽を伸ばしにやってくるので、その受け入れ準備だ。
遠方だと手紙のやり取りに時間が掛かるので、なるべくやり取りの数を減らすようにするのが常識だと聞いている。故に返事には、準備して待っていますと書いた。
なので件の子は間違いなく来るのだろうが、最速でも二週間は掛かるだろうと予想して動く。
部屋はあるが手入れをしなければならないが、時間は充分にあるので慌てて走り回る必要は無い。鍛錬の合間に掃除を進めれば余裕で間に合う。
食料も多めに買い込んだ。食器の数も足りるから問題無し。設備の手入れも一通りしたから不便はないだろう。
全ての準備が終わってから四日後の昼過ぎ、来客を知らせる鐘が鳴った。
「はい、どちら様ですか?」
正門館へ移動しながら、短距離用通信機で来客に話し掛ける。入り口にはインターフォンと同じ機能を持った装置を付けてあり、顔は分からないが来客と会話が出来るのだ。
『私はベルティーナ・セレスティーヌ・ハルドフィンと申します。ハルドフィン家から参りました』
「ベルティーナさんですね。伺ってます。今行くんでお待ち下さい」
通信機を切った直後、横を歩くヴィクトルに、
「聞いたか? 名前はベルティーナだってよ。何となく良い響きの名前じゃないか? 声からして落ち着いた感じの人っぽいな」
ヴィクトルは二度頷いた。家名がハルドフィンというのは、手紙に書いてあったから知っているが、名前までは書いていなかった。
正面入り口のドアの鍵を外し、ドアノブに手を掛ける。
「ちょっと緊張するな、開けるぜ」
ヴィクトルはゆっくりと一回頷いた。それを横目で見たソロモンはドアを開けた。
陰気な城なのはどうしようもないから、せめて住んでいる人間が根暗だとは思われないようにせねば。
ドアの向こうに立つ女性は若い。ソロモンとそんなに歳が変わらないが、どちらかというと年上かもしれない。
ロングヘアーで金髪。側頭部から自然に垂れた髪は、毛先がふっくらとした胸の頂上辺りまで届く。後ろ側に垂れた髪はうなじより少し下の辺りで、黒いリボンで軽く纏められている。シンプルなデザインのブラウスとスカートは群青色に統一。肩掛けバッグは上質そうで、全体的にセレブ感が出ている。
「いらっしゃいませ~ソロモン城へようこそ」
第一印象を良くする為に笑顔!! そう、笑顔だ! 固くならずに軽い感じでいくぞ。
ソロモンの渾身の笑顔、作っていますよ感が消え去らずに残っているが本人は気付いていない。
「これからお世話になります。早速だけど荷物を運んでくださる?」
「ああいいよ、ベルティーナさんの部屋まで運ぶ。ヴィクトル頼む、数が多そうだから二人で手分けしようぜ」
ヴィクトルは頷いてから動き出した。ベルティーナの後ろに置かれた荷物を手近な所から持ち上げる。
「ソロモンさん大丈夫? 私も手伝おうかしら?」
深紅のポニーテール、二刀流魔法剣士のセレニアが気を使ってくれた。ベルティーナに同行していたようだ。
「いや、量的に往復しなくてもよさそうだし。セレニアさんは護衛役でしょ? 業務外の手伝いは悪いよ。俺の客だしさ」
ソロモンは嫌な顔一つせずに旅行鞄を掴み上げた。
「あらお優しい」
セレニアは自然な笑顔を見せた。ベルティーナは明らかに不機嫌な顔になった。
「お優しい、じゃないわ。城主が自ら荷物を運ぶなんて非常識よ。召し使いに全てやらせるべきだわ。そこのアナタも、城主に荷物持ちをやらせて平気なの? 信じられないわ!」
そこのアナタは荷物を担いだ後、ゆっくりと振り返って瞳無き目でお客様を見た。ベルティーナはそこで荷物を運ぼうとしている存在が、人間とは違う別の何かであることを知る。
口を両手で覆うベルティーナにソロモンは、
「色々手伝ってもらっているけど召し使いじゃないんだ。周りはどう見ているかは分からないけど少なくとも俺はそう認識している」
「さっき話した動く人骨マンのヴィクトルが彼よ」
「そ……そう。そうなのね……」
ピタリ、と停止したヴィクトルはベルティーナをじっと見ているようだ。召し使い扱いされて頭にきたのか、どう反応すれば良いか困っているのかは誰にも分からない。
「城主の俺の面子を立てようとしてくれたんだよね? ありがとうベルティーナさん」
今度は作っていますよ感がゼロの笑顔をベルティーナに向けた。
「ここの城主様は皆が想像するような人間じゃないの。お金持ちじゃ無いから使用人の一人も雇えないって、何でも自分達でやる。偉ぶらないし威厳なんて無いけれど、人柄は良いわ。私も助けられたことがあるしね。あまり気を張らずに接しても良いわよ」
「公の場じゃなければ礼儀とか気にしないからね、俺は」
ベルティーナは少し迷ったような顔を見せたが、すぐに両手をお腹の辺りで組んで、
「先程は失礼しました。どうぞお許しください」
金髪を揺らして謝罪の意を示す。
「おう許す。さ、中に入ろう。外は寒いだろう? セレニアさんもありがとね」
セレニアは小さく手を振って踵を返した。馬車はゆっくりと山道へ向かって動き出した。
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