第28話 大きな繋がり

「戻ったぜ、ヴィクトル。そっちは大丈夫だったか?」


 ソロモンに気付いたヴィクトルは御者席から飛び降り、親指を立てながら近づいて来る。


 魔物に遭遇しなかったのか、馬車には傷一つ付いていなかった。


「なるほど、雑木林の中か。ここなら見つかり難いな」


 ロアロイトは感心した様子で周囲を見ている。


「救出は成功したぞ。こちらは帝国貴族のロアロイトさんだ」


「話は聞いている。君がヴィクトル君だね。宜しく頼むよ」


 ヴィクトルは大きく頷いた後、手を差し出してきた。ロアロイトはその手を握った。


「コイツ、喋れないんです。気を悪くしないで下さい」


「そうなのか?」


 少し不思議そうに、黒い仮面を付けたヴィクトルの顔を見た。


「皆さん待ちくたびれているのですぐに動かしますね。ヴィクトル、頼んだ」


 親指を立てた後、御者席に戻っていく。手慣れた様子で馬車を操るヴィクトルに、ソロモンは手を振って誘導する。


 合流後、馬車に乗せていくわけだが予想通りの結果だった。


「全員は乗れないですね。俺とヴィクトルが乗らなくても、何人かは歩いてもらうことになります」


 最終的にはご婦人方を全員乗せて、ソロモンとヴィクトル以外の男性陣は交代で乗り降りすることになった。


 護衛役のソロモンとヴィクトルを先頭に、人が歩く速さでフラスダへ続く道を進んでいく。道中で遭遇した魔物は、邪魔になりそうな場合だけ蹴散らした。極力馬車を止めさせないように立ち回る。ご褒美、というと語弊がありそうだが、ブロジヴァイネに魔物の血をタップリと吸わせてやる。


 ヴィクトルが隣にいるだけでなんと心強いことか。頼りたいが頼りすぎは良くないんだけども。特に今回みたいに別行動をする時はな。相手がビビってくれなかったら、結果的にどうなっていたか。


 頼れる相方ヴィクトルは静かに歩き続けていた。


 魔物が来ないかと目を光らせ、後ろの馬車の様子を見ながら進んでいく。


 暫く経った後、交代で歩きになったロアロイトがソロモンの横に来た。


「君達は大丈夫なのかい? もう二時間以上も歩きっぱなしの上に、魔物とも戦い続けているだろう」


「まあ……俺はまだ大丈夫ですよ。ヴィクトルも大丈夫です。それより後ろの皆さんは大丈夫ですか?」


 水筒を開けて水分を補給しつつ後方の馬車を見やる。この間も歩き続けている。


「遅いことに文句が出ていたけど、もう飽きたみたいだぞ。賭け事で次に誰が歩くか決めていたな」


 思わず吹き出してしまった。


「それではちょっと密談をしないか?」


「密談……ですか? 構いませんけど」


 何を話す気なんだろう?


「まずはソロモン君の身分について、だ。単刀直入に聞く。君は帝国貴族だろう?」


 おっと! いきなり予想外の話が飛んできたぞ!


「いや、そんな訳ないですよ。俺はただの護衛業者ですって」


「その反応、図星のようだな」


 ロアロイトはニヤリと笑った。


「自分はケステンブールを発つ前に父上から聞いたんだ。最近、非公開で式典もせずに帝国貴族の仲間入りをした少年が居るとね。当主の名はソロモンということも、ヴィクトルという特殊な従者を連れていることも聞いている」


 ソロモンは無言で目を泳がしている。ロアロイトは更に畳みかけてくる。


「ヴィクトル君、彼は人じゃ無いだろう? 握手した時の感触が違ったし、手袋越しでも伝わる筈の暖かさが無かった。呼吸をしている感じも無かった。少なくとも生き物ではないと思う」


 洞察力が凄い。あの僅かな時間でヴィクトルが人間じゃないことを見破ったのか。


「当家も帝国貴族の一族だ。独自の情報網がある。今回はステルダム家からの情報でね。当家とは昔から良い関係を築いているから、こういう面白そうな話はすぐに入ってくるんだよね」


 ソロモンは黒髪を掻いた。お互い無言の時間が流れた。


「俺がそうだ、と言ったら信じてくれるんですか? 証明できる物なんて何一つ無いんですよ?」


「ヴィクトル君の素顔を見せてくれれば、自分は信じると思う」


「ヴィクトル、ちょっといいか? お前の素顔を見せてあげてくれ」


 ヴィクトルはすぐに仮面を外した。その下の、骸骨の顔が晒される。


「スケルトンといって、簡単に言うと動く人骨です」


「ほう、興味深い」


「カラヤン皇帝代理とエウリーズ博士もそう言っていましたよ」


「エウリーズ博士なら間違いなくそう言うだろうね」


 ロアロイトは勝ち誇ったような笑顔になった。


「当主ソロモン、貴方が帝国貴族になった経緯を聞かせては頂けないだろうか? 当家は海外貿易で成り上がった歴史を持つ一族。故に、人の縁と契約を重視している。今回の件を切欠に、今後とも良い付き合いが出来ればと考えております」


「こちらこそ、こんな未熟者で良ければ今後ともお願いします」


 二人は固い握手を交わした。それからは情報交換を行った。


 国境の山の事はロアロイトも知っていたようで、そこの城主だと話せばかなり驚いていた。物流への影響はケステンブールにまで及んでいるらしい。


 ソロモンが所有するアスレイド王国の領地に興味があるようだが、それは大都市の統治者としてではなく、大商家でもある一族の立場があるからだという。


色々話している間に、一行はフラスダに到着した。日は落ち始めていた。

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