第27話 自分が選んだ結果だから

 有力者の一人が宿に一台だけ残っていた馬車を買い上げた。ソロモンが借りてきた馬車と合わせて、使える馬車は二台になった。


 誰が乗るかと荷物をどれだけ積めるのかで一悶着あったが何とか治める。護衛役がソロモンとヴィクトルしか居ない問題が出たので、全員一度に移動することに。馬車に乗れなかった人――当然男性陣――は歩きだ。馬をゆっくりと歩かせて進んでいく。


 休息は充分、同行者達のコンディションも問題無さそうだ。天候も晴れているしこの辺りの魔物など大したことは無い。


「道中気を付けるのだぞ」


 ご機嫌な王子の見送りで一同は宿を出発した。相変わらず人の気配が感じられない大通りを、人が歩く速さで進んでいく。


 気掛かりなのは一つだけ。外へと通じるあの門を無事に通り抜けることが出来るかだ。 王のお膝元に相応しい立派な姿で鎮座している門。人も魔物も寄せ付けない、高くて頑丈な壁を越える為の道を塞ぐ扉。


「いやーな予感がする」


「それは当たっているな。どうやら自分達はのんびりしすぎたようだ」


「……そうみたいですね」


 前方の門の横、壁の一部分に見える石の建物から次々と飛び出して来る人影。不揃いな武装をした男達だ。門を塞ぐ形で横並びに立つ。その中に一人、見たことがある男が居た。


「あれはベルダー議員だ。大将が自ら待ち伏せか」


「出口がここしか無いんだから、追いかけるよりは楽だよな。全く、リーダーが最前線から離れてんじゃねーよ。面倒臭ぇな。馬車を止めてくれ」


 馬車が停止する。徒歩の面子にもその場で待機するように伝える。戦力外が彷徨いても良いことは無い。


「ベルダー議員が動かなければ……ここは素通しだったかもしれないな。どうするソロモン君?」


「通してくれるようにお願いする。ま、聞くはずはないだろう。そしたら力尽くで来るだろうから、堂々と正当防衛を主張して戦う」


 右腰の剣を何度か指で軽く叩く。


「自分で考えて動いた結果がこれだ。人を傷つけ命を奪ったとしても、せめて肯定してくれる人が、一人でも多くいるような大義名分と言い訳があることを信じるだけ」


「自分も全く戦えない訳ではないが……無抵抗の選択はしないぞ? 君を頼らせて貰う」


「了解、やれるだけやってみますよ」


 ソロモンはゆっくりと前に出る。腹に力を入れると同時に震える手を強く握る。


 ヴィクトルは居ない。戦えるのは自分だけ。正面に布陣しているのは二十人くらいか。武器は槍に剣に斧……弓持ちもいるな。防具は軽装か。魔法を使える奴がどれだけいるかは見た目じゃ分からない。


 近づきつつ相手の戦力を調べる。冷静に考えて多勢に無勢だ。


「すみませーん。外に出たいんですけどー。門を開けてくれませんかねー」


 無論、いきなり斬りかかることはしない。平和的に行く。


「馬車が居るんでー門を開けて下さーい」


「ふざけるのも大概にしろォ!! このクソガキがァ!!」


 頭に血が上り茹で蛸のような真っ赤な顔のベルダー議員。話し合いの余地が無いのが明白である。最も、それはソロモンも初めから分かっている。


「舐めたことをしやがって! 護衛の小僧は殺して構わん! アイツらを捕らえろ!」


 ベルダー議員の命令で武装集団が動き出した。剣を抜いて彼等に戦う意志を見せる。


「なあ、ブロジヴァイネ。情けない話だが俺の腕は三流以下なんだ。超一流の剣であるお前に頼るしかこの場を切り抜ける方法が無い」


 光を吸い込む漆黒、あるいは拒絶しているような深淵の剣身に話しかける。


「だから……頼むぜ?」


 自分が選んだ事の結果なら逃げる訳にはいかないからな。今ある手札で勝負する。


 ソロモンが迎撃の為に更に前へ出る。敵方の先頭は片手剣持ち、斜めに振り下ろした漆黒の刃と、咄嗟に防御の姿勢を取った相手の剣の腹がぶつかった。


 いや、ぶつかったという表現は不正確だろう。正確には切断した、だ。


 ブロジヴァイネは剣を真っ二つに切断したばかりか、相手の防具を切り裂いた。少し遅れて悲鳴と共に相手の胸元から血が噴き出す。たった一振りで相手の体まで切り裂き、絶命とはいかなくても戦闘不能にしてしまった。


 敵方の注意がソロモンに集中したようで、一斉に襲いかかってくる。


 ソロモンは追撃はしない。だが止まりはしない。トドメを刺しには行かず、素早く別の相手に狙いを変えて斬りかかる。


 二人目は槍を持っている。逃げずに立ち向かってきたソロモンにビビったのか、一瞬動きが止まった。そこに容赦無く剣を振り下ろす。槍を真っ二つにし、間髪入れない斬り上げで戦闘不能にする。


 ソロモンは止まらない。ほぼ無言で剣を振り回す。剣の達人が見れば、素人ががむしゃらに振り回しているように映るだろう。それでも回避ではなく防御を選んだ相手を次々と沈めていく。尤も、下手に避けようとしても二振り目か、三振り目を食らうので結果は同じだが。


 六人目に致命傷を与えてダウンさせた直後、ソロモンは動きを止めた。敵が離れていくのを認識したからだ。


 敵前逃亡をする様子ではないが、敵方は怯えたように距離を取り始めた。


 ……弓か!


 弓を構えた敵を捕捉した直後に、矢を射られた。しかしソロモンはその場で動かない。


 あることに気がついたから、当たらないことが分かった。矢はソロモンの右側を通過していった。


 形が違っても野球ボールと同じだな。風がなければストレート、デッドボールになるかどうかが分かる。失速して『フォーク』みたいになっても、『シュート』や『スライダー』のように左右に軌道を変えることはほぼ無い。


 野球の経験と距離が充分離れていたお陰で、別方向からの矢も命中することはなかった。軌道をほぼ完璧に読んだソロモンは、躱すことも剣で叩き落とすことも簡単にやってのけたのだ。


 近づけば斬られる、弓も効かない。そんな現実が敵方の戦意をジワジワと削り落としていく。ソロモンに手傷の一つも無く、疲れた様子を見せずに睨み続けているのも恐怖心を煽っていた。


 矢が殆ど直撃コースを通らないのも、実は射手が恐怖で手が震えていたからだった。


「何をしている! 相手は一人だ! 全員でかかれば簡単だろうが!!」


 ベルダー議員が吠える。それでも手下達の動きは鈍い。


 ソロモンはゆっくりと近づいていき、


「俺は死んでも、その前に何人も道連れにしてやる。たとえ勝てても前達の誰かは死ぬってことだ。それでいいならかかってこい!!」


 ちっぽけな見栄を張る。デカいことを言っているが、それはハッタリだと自分自身が理解している。多勢に無勢なこの状況を覆すのは力ではなく度胸と覚悟だ。


 敵方は誰も戦おうとしない。近づいて来るソロモンから離れようと下がっていく。


「戦う気が無いなら失せろ!! 殺されたい奴は前に出ろ!! 門を開けて外へ出してくれれば、無益な戦いはしない!」


 ソロモン、渾身の恫喝。効果はすぐに出る。


 弓を持った一人が叫びながら戦列を離れた。これを皮切りに次々と逃げ出していく。ベルダー議員が叱責をするが、誰も耳を貸さずに脱兎の如く逃走を図る。


 ベルダー議員だけになった。怒りが収まるはずもない彼の元へ近づいていき、剣を向けた。


「門を開けろ。俺達を町の外へ出せ。あと負傷者の面倒はお前が見ろ」


 返答は無い。その代わりに剣を抜こうとした、ベルダー議員の腕に剣を突き立てた。


 大の男が叫ぶ。外聞も無く情けない声で泣き叫ぶ。その間にもブロジヴァイネは血を吸い上げていた。


「門は開ける! 開けさせるから止めてくれ!!!!」


 剣を腕から抜いた。その瞬間、戦いは終わった。

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