幕間
ロアロイトはミレイユ夫人が宿泊している部屋を訪れていた。気分が悪くなった有力者達の様子を見て回っていたら夫人から招かれたのだ。
「マーケスさんは大丈夫ですか?」
「まだ休んでいるわ。ちょっと気が弱いところがあの人の良くないところね。そこがかわいいのだけど、こういう時は男らしい強さを見せて貰いたいところね」
隣の寝室を見やる夫人。その先でマーケスが休んでいるようだ。
「ソロモンさんはどうしていますか?」
「彼は一階のカフェスペースで休んでいますよ。こういった事に慣れているのか、随分落ち着いているようです」
「そう、若いのにしっかりしている子なのね」
ミレイユ夫人は紅茶に口を付けた。その仕草はどこか上品で、彼女の育ちの良さが分かる。
彼女の出生が名のある家の令嬢であることを、ロアロイトは知っている。
「ソロモンさんの事で伺いたいことがあるのだけれど、よろしいかしら?」
「彼のことですか? 自分はあまり知りませんよ」
「あまり、ということは少しは知っているのかしら?」
参ったな。洞察力が優れている人だと聞いていたのだが、もしかしてミレイユ夫人は何か勘付いたのか。
「夫人は彼のことをどう感じましたか?」
逆に質問を投げる。夫人は嫌な顔をせずに、優しい表情のまま探るようにロアロイトを見ている。
「彼、本当に普通の護衛業者なのかしらね。腕が立つのかということでも、議員と繋がりがあるのか、ということでも無くて」
夫人はここで一度言葉を切り、もう一口紅茶に口を付ける。
ロアロイトは次の言葉を待ちながら、頭の中の記憶を掘り起こしていた。
「ソロモンさん、見た目はどこにでも居そうな若い護衛人だけど、何となく普通の人じゃない様な気がしたのよ。女の勘、だけどね。ロアロイトさんは彼と知り合いなのかなと」
その勘は当たらずとも遠からずといったところか。
「もしかして、今後も仲良くしておいて損の無い子なのかなと」
そうきたか。流石は大商家の奥方様といったところか。
ロアロイトは帝国貴族ケステンブール家の対外的な会合を一人で任されている。その理由に納得する程度の能力と経験は持ち込んでいる。
頭を切り替えて素早く損得計算を行う。答えが出るのは早い。
「ここだけの話ですよ。あまりおおぴらに広める訳にはいかない話なんですけどね」
思わせ振りな前置きをするが夫人は表情を変えなかった。
「自分も出発する直前に父上から伺った話なのですが、二、三週間前に帝国貴族に加わった一族がいるようなのです」
「それがソロモンさんなのかしら?」
「面識はありませんし周囲の目もあったので直接本人には聞いていません。ですが自分はほぼ間違いないと認識しています。認識違いで無ければ彼が当主でしょう」
夫人の表情が変わった。目を半開きにして視線を少し下げる。
「確認しますが代替わりや婚姻、養子縁組みでは無く……ですか?」
ロアロイトはハッキリと分かるように頷いた。
「新入りです。ソロモンと名乗る少年が当主で、ヴィクトルと呼ばれている特殊な従者を連れている、と。外で馬車を守っている相方が、ヴィクトルという名前だと彼は言いました。フラスダへ調査に向かうから、報告の手紙を当家が受け取る段取りを父上はしていたことからも間違いないかと」
夫人は少しの間考える素振りを見せてから、
「少年の当主様……。どのような素性なのでしょうね?」
「それが父上も全く分からないのとのことで。帝国貴族に加わるには、目に見える実績が必要です。国中にその名が轟くほどの大きな実績が……。しかしソロモンという名は全く聞いたことが無いのです。式典を行わず帝国貴族であることを非公開とするようで、他の帝国貴族にすら伝えることはしないとか。正直、何の前触れも無くいきなり湧いて出た話です」
夫人はまた考える素振りを見せた。
「そもそも話の出所はどちら?」
「当家とも関わりの深いステルダム家からだそうです。皇帝一族との繋がりも強い一族なので、我々の常識から外れた信じられない話でも信憑性は高いと考えられます。どうもカラヤン皇帝代理が動いたようです」
「これはケステンブール家だから入って来た情報と捉えてもよろしいかしら?」
「よろしいかと」
互いに沈黙した。ロアロイトはソファーに背中を預けて足を組み、ミレイユ夫人は肘を抱えるように腕を組んだ。
「捨て金を投げるなら丁度良い相手かもしれませんよ?」
「私を噛ませて正体を探るつもりかしら?」
ロアロイトは不敵に笑う。お互いの腹の探り合い。
ロアロイトはミレイユ夫人が、自慢げに話を広げたりはせずに利を取りに来る人だと分かっている。
ミレイユ夫人はロアロイトが、殆どリスクを負わずに利を掠め取る手があり、それを躊躇いも無く打つ人間だと分かっている。
だからこそ利益を取り合うのではなく分け合う仲だとお互いに認識している。
「前向きに検討させていただきます」
これが夫人の回答だった。
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