第26話 脱出口

 地下から出て一階、ソロモンは単独で動いていた。不審がられないように気を付けつつ様子を窺いながら移動。静かなのは戦いが起きていない証だ。


 目的の部屋はここだ。一階の部屋は全て使われていてもここだけは


 少し躊躇はしたがノックはせずにドアを開けて部屋の中へ足を踏み入れる。


 誰も居なかった。窓に厚手のカーテンが掛かっていて少し暗い。そして想像していた通りの光景がそこにはあった。


 ベッドが並んでいる。その上にシーツが掛けられた何かが載っている。大体長方形のモノで、数が多いからか詰めて置かれている。それなりに広い部屋だが、スペースが足りないようで、テーブルやベッドの下にも布に包まれて置かれていた。


 その布の下は、部屋に充満したで捲らなくても分かる。


 思いついておいてアレだがひっでぇな。

 誰も居ない死体置き場の部屋を、窓に向かって歩いて行く。カーテンの隙間から外を窺う

 外には誰も居ない……か。窓は……。


 窓の状態を確認。大きさは大人でも通ることが出来るサイズ。クレセント錠を半回転させて開け、首だけを出して今一度外を確認した。見張りどころが通行人の一人もいない。


 よし、使える。行こう。

 足早に部屋を後にし地下へ戻る。有力者達は不安そうな顔で待っていた。


「見てきました。大丈夫です」

「よし行くぞ! こんなカビ臭いところなどさっさとおさらばだ」


 元気が良くなった王子に引っ張られる形で集団が動き始めた。まずは一階へ向かう。建物内を動く僅かな人影を躱しながら脱出口へ。


「この部屋です。俺は正面から外へ出て、適当に彼等の注意を引きつつ様子を見ていますから、よろしくお願いします」

「分かった、後で落ち合おう」


 一旦別れて再び単独行動に。正面から外へ出る。数人が近づいてきた。


「よう配達人。用事は済んだのかい?」

 入ってきた時に対応した人だ。ようしいいぞ。


「ええ、ベルダー議員に渡してきました」

「どうだった。まだ機嫌が悪かったのかあの議員」

「めちゃくちゃ怒ってましたよ」

「やっぱりかー。正直あの人苦手なんだよなー。上から目線で強く言ってくるクセに、指揮が下手クソでさ~」


「そうそう、他の議員さん達もな。あれだけの被害を出しておいて自分らも死んじまったしよぉ。数じゃ俺達が圧勝だったのに、あの少数相手に大敗とかありえねぇよな」

「旗色が悪そうですかね?」

「ああ。士気はだだ下がりだし、こんな筈じゃ無かったんだよな」

「軍隊が本気を出したら、素人の俺達じゃどうしようもないってことかもな」


 敗戦ムードが漂っていた。扇動した議員達への不平不満を言い合い、誰もそれを咎めない所をみると、今回の一件の決着は殆ど付いているのかもしれない。


「個人的には無理に戦う事、無いと思いますよ。国の未来を憂うのは大事かもしれませんけど、死んだら意味が無いですから。家族や友人も悲しむだろうしね。それじゃ俺はフラスダに帰るんで失礼します」


 適当なところで切り上げてその場を離れた。帰りも気を付けろよ、と手を振る彼等は過激な思想で参加した訳では無いのかもしれない。脱出口の窓の前を通ったが、どうやら全員無事に出られたようだ。


 無人の町と勘違いしそうな通りを歩き、落ち合う先に向かう。その場所は有力者達が泊まっていた宿屋だ。ソロモンは絶対に利用しないタイプの富裕層向けである。


「来たなソロモン君。飲み物はどっちがいい?」

 ロアロイトがロビーで待っていた。お酒と果物のジュースが入った瓶を差し出してくる。


「ジュースを頂きます。ありがとうございます。皆さんは大丈夫だったでしょうか?」


 ソロモンが瓶を受け取った後、

「一部だけかな。皆あの部屋の臭いが相当堪えたみたいだ。意外に文句が出なかった人があそこにいるよ」


 王子はロビーの隅の方に設けられたスペースで寛いでいた。座り心地が良さそうな椅子に腰掛けて、グラスを傾けている。中身は間違いなくお酒だろう。


 さっきまで荒れてたのにすげー余裕だな。


「結局王子はこの後どうするんですか? フラスダへ同行するのでしょうか?」

「んん? 余は行かぬよ。城に帰る。先程迎えを寄越すようにと人を送ったからな」


 機嫌が良い理由はお酒だけじゃ無かったようだ。


「おおそうだ、小僧。世話になったのだ、褒美の一つも出してやろうか?」

「光栄です。ですがお言葉だけで結構でございます。望むなら帝国と今後とも良い国交が続けば、と」


 王子は一瞬驚いたような表情を見せた後、満足したような顔を見せた。


「分かった。父上にはそう伝えておこう」

「ありがとうございます」

 お礼を言ってその場から離れた。


「君は無欲だね。ソロモン君も少しの間休もう。他の皆さんもさっき逃げた時に気分が悪くなったようで、休んでいるんだ」

「そうします」


 ソロモンは瓶の蓋を開けて一気に喉を潤した。

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