第22話 最前線

 議会場を近くで見ると何故目立つのかが分かった。建物自体は三階建てだが、中央部に塔のような物が伸びている。大体八階建てのビル位の高さだ。頂点には大きな旗のような正方形のモニュメントがあり、図柄が描かれているようだ。その下の方には旗が幾つか並んでいるが、風があまり無いので元気が無さそうに揺れている。


 正面の入り口前には、明らかに元々無かったであろう木製の柵と土嚢袋を積んだ防衛用の陣地が構築されており、この一件の参加者である武装した男達が警戒の目をギラつかせていた。幕が張られた一角は即席の詰め所のようで、ぱっと見で二十人は居るようだ。


 そして移動経路の都合で、今まで見えなかった事実を知る。


「あれは……城!?」

 城が見えたのだ。高い城壁に囲まれ、中央部が高く周りは低い、横に広めの形状をした巨大建造物。議会場よりも遙かに大きいのは言うまでも無い。位置は議会場の入り口の正面、馬車四台分の広い大通りの向こう。

 その距離は恐らく二百メートル弱。大通りの先、城の前には議会場と同じく陣地が構築されているのが分かる。


 王政派と議会派の本拠地が……目と鼻の先じゃないか……。

 ひでぇ、と小さく漏らす。大通りの両端に並ぶ建物が激しく損壊しているのだ。何かの店が並んでいたのか、大破した看板が無造作に転がっている。離れていても分かるほどの赤黒いシミが、大通りの地面に広がっていた。ここで行われたであろう戦闘が、激しいものであった事がよくわかる。


 議会場に近づいていく。陣地の向こうから鋭い視線がこちらに向いたのを確認。

 堂々と、だ。堂々と、焦らず、味方だと思われるように……。

「待て! 止まれ!」

 大声で制止する大男相手にソロモンは一旦止まった。

「手紙を運んできたのですが」

 落ち着いて用件を伝える。内心はハラハラ、緊張感がべたつく汗を出す。

「誰宛だ? 国王からの使者か?」

 険しい顔で問う大男。来訪者が気になる――暇なだけかもしれないが――のか近くにいた参加者達が寄ってくる。


「いえ、バーレクス議員からです。宛先はランダスという方です」

「……ランダス議員宛て? アンタはフラスダから来たのか?」

「そうです、直接渡せと言われて来ました」

 大男は近くの仲間と顔を見合わせた。


「ランダス議員は戦いの怪我が元で先程死んだよ。まあフラスダから来たのなら知らないのも無理は無いな」

 マジかよ。予想外だ、もし内部に入れないとなったら人質の救出は困難だぞ。ここはどうするべきか……。


「アンタ、フラスダに戻って死んだって事を伝えた方がいいんじゃないか?」

 頭を働かせながら黙るソロモンに気を使ってくれたようで、先程までの険しい顔が引っ込んだ大男が声を掛けた。

 引き揚げるか……いや、待てよ。まだ手はある。

「ではここの責任者に届けます。バーレクス議員に状況を聞いて来いとも言われていますので、会わせて下さい」


 これで入れればいいが、どうだ?


「いやしかしだな……。あまり部外者を中に入れる訳には……なぁ」

 スパイに入られると困るから警戒はしているんだろう。でもそこを何とか入れて欲しいな。王政側とは繋がっていないからいいだろう?

 心の中で頼み続けるソロモン。無言のお願いが届いたのか参加者の一人が、

「まぁ議員さんの使いっていうんだからいいんじゃないか? オレが案内するよ」

「そうだな。ホラ、入れてやるからこっちに来い」

「ありがとうございます」


 よっしゃ、まず第一関門突破だ。


 案内に従って陣地の中へ入る。そのまま真っ直ぐ議会場の中へ進む。広いエントランスホール、誰かの石像が鎮座し価値がわからない絵画が飾られている。

 ホール内に充満している臭いに、案内役の後ろを歩いていたソロモンは思わず袖で鼻を覆った。


「血の臭いだ……」

「ああ、一階は向こうの方が臨時の治療所だからな。あっちの方には近づかない方がいいぞ。死体置き場に使っているからな」

 指を差しながら説明をする案内役。慣れてしまっているのか無表情だ。


「怪我人、居るみたいだけど病院には連れて行かないんですか?」

「主な病院は王政派に協力したり、力尽くで抑えられたりして殆ど使えないんだ。協力してくれる医者と備蓄していた医薬品で対応している」


 王政派、戦いのプロである兵士達を抱えるだけあって合理的な戦略だ。向こうも本気らしい。

 血の臭いが混じる不穏な空気の中、大きな階段を上っていく。議事堂内の雰囲気は重い、兎に角重い。そして静か。人の気配はそこら中から感じるのに、人の声が何処からも聞こえてこない。

 なまじ人の気配がするだけに、無人のソロモン城よりも気味が悪い。


「この部屋にベルダー議員がいらっしゃる。我々のリーダーだ」

「ありがとうございます……」

 短い説明の後、案内人は礼の言葉も聞かずにその場を去った。

 深呼吸を一回、ノックを三回。中からのどうぞ、という声を聞いてから扉を開けた。


 正面の机の向こうから予定外の来客に鋭い視線を突き付ける。濃いめの髭が特徴的な中年男性だ。疲れ切った顔が実年齢よりも老けているように見せる。

「ベルダー議員ですね? 手紙を持ってきました。バーレクス議員からです。ランダス議員宛だったのですが、亡くなられたと窺いました。それでベルダー議員に持ってきたのですが……」

「そうか! バーレクスからか! 早く見せろ!!」

 表情が百八十度変わったベルダー議員は椅子を蹴るように立ち上がった。足早にソロモンへ近づいて来る。懐から手紙を取り出した直後、その手紙をひったくった。

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