第21話 単独行動
先程までの雨でぬかるんだ道を馬車が一台軽快に進んでいく。時々水溜まりの水を跳ねながら真っ直ぐに目的地まで走る。
行き先は城下町、今まで訪れた都市と同様に魔物対策と侵略者対策の高い壁で囲まれていた。
その壁をソロモンは離れたところから観察している。馬車は道から外し見つからない様に近くの雑木林まで移動、馬車に乗って都市の中に入るのは危険だとの判断である。
高い壁に囲まれた城下町、人を助け出すには厄介な場所だ。外に出る場所が限られているから、出口で待ち伏せされればたまったもんじゃない。
捕まっている場所から見つからずに町の外へ出ることが出来れば、フラスダまで逃がせる。帝国行きの船に乗れれば勝ちだ。
黒髪を掻きながら馬車に寄りかかる。
「中の様子が全く分からないのがネックだな。作戦が立てられない、マジで出たとこ勝負じゃないか」
御者席のヴィクトルを見やる。
修道院の時とは勿論規模も状況も違うが、内部の構造に詳しかった同行者が居たことが大きい。この世界に来て以来、最も不利な状況である。
「しゃーない、ヴィクトルとは別行動だ。ここから先は俺一人で行く。ここで馬車を守りながら待っていてくれ」
ヴィクトルは親指を立てた。
「四十八時間経っても戻らなかったら様子を見に来てくれ。時計は持っているだろ? そうなった後は……悪いが自己の判断で行動してくれ。行き違いとかもあるだろうし最悪はフラスダのバーレクス議員の所か、昨日の修道院で待ち合わせにしよう」
ヴィクトルは懐から懐中時計を取り出して首を縦に振る。腕時計やスマホが普及した元の世界では、意外と珍しい蓋と鎖付きの品だ。値段は一番安かった物で銀貨百枚、ミサチ戦の後に賞金の残りで買って渡していた。
「ここまで離れて行動するのは初めてだが、お前のことは信頼しているし頼りにしているからな。頼むぜ、行ってくる」
ソロモンは城下町へ歩き始めた。妙に喉が渇いていることに気が付いて、水筒の蓋を開ける。
城下町の中と外を隔てる壁は、近くで見ればまるで威圧しているかのようだ。その壁を自力でよじ登るのは不可能であることは明白だ。その壁の向こうへ行くことが出来る巨大な門の前へソロモンは立つ。
門は固く閉じられていた。どうすれば良いかと首を振るソロモンに、門の横の潜り戸から出てきた二人組が近づいて来る。どちらも武器と防具を装備しているようだ。
ヤベ、あの格好は兵士じゃねぇぞ。出入り口を議会派が押さえているのか。
「すいません、親友に会いに来たのですが中には入れないのですか?」
堂々と嘘を吐き反応を見るソロモン。
「親友? ソイツはどっちの勢力に付いているんだ?」
「わからないです。アイツのことだからどっちにも付いていないとは思いますが……」
疑ってきているな。当然か。
「入れないと言う訳ではないが……馬車で来たのか?」
「いや、歩いてきました。馬車が手配できなかったので」
「フラスダからか?」
「そうです、どうしても会いたかったもので」
信じられないと言わんばかりに顔を見合わせる二人に、内心ヒヤヒヤのソロモン。
「余程仲の良い親友なんだな。こっちから入りなよ」
手招きに応じて潜り戸を通り中へと進む。
「フラスダで聞いていると思うが、ここでは我々議会派勢力が王政派の勢力と戦っている最中だ。今は休止中だが、いつ再開されてもおかしくない状況だからな。どちらかに付くつもりがないなら、巻き込まれない内に早くフラスダに帰った方がいい。特に城と議会場がある場所周辺は最前線だから近寄るなよ」
議会場……バーレクス議員が言っていた本部のことか。
「お気遣いありがとうございます」
足早に門から離れて通りへ進んでいく。城下町といえば地図でも分かるほどの大都会であるが、今は静まり返っていた。
不気味だ、静かすぎる……誰とも会わないぞ……。まるでゴーストタウンに足を踏み入れたかのよう……。
外を出歩いている人はソロモンだけのようだ。バリケードのつもりなのか、入り口に物を積み上げている建物がある。一階の窓や入り口を木の板で塞いだ家もあった。住民はそういう建物の上の階に籠もっているようで、外の様子を窺っている人と目が合ってしまった。
戦闘があった形跡はないな。この辺は恐らく戦闘区域の外か。といっても戦いが怖くて皆立て籠もっているんだろうな。フラスダに逃げてきたのは、城や議会場に近い所に住んでいた人達かな。
道順を頭に入れながら議会場へ向かう。町中はどこも人間に見捨てられたのかと思ってしまう程の静寂が満ちていた。雨上がりの晴れやかな青空も、今はこの町の暗くて重い雰囲気に勝てないだろう。
暫く歩くと目的地が見えた。事前情報通り、旗をいくつか掲げており想像していたよりも大きい。遠くからでもかなり目立つ。すぐには近寄らずに、まず近くの建物の陰に隠れて様子を窺う。
よく見るとあそこの周りだけ人が多いな。皆武装しているみたいだし、まぁ戦いの真っ最中なんだから当然と言えば当然か。あそこ、本拠地だもんな。
少しの間様子を見る。彼等に動きは殆ど無く、静かなようだ。
少なくとも今は交戦状態じゃないようだな。よし、行くぞ。
議会派の本拠地へ向けて、再び歩き出した。
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