第20話 無謀な戦い
「お前は馬鹿か?」
泥酔議員バーレクスは真っ赤な目を見開いてソロモンに叫ぶ。
「昨日の修道院は兎も角だ。城下町だぞ? 住民がこぞって逃げ出すほどなんだぞ! 戦いの規模が違うんだお前等二人で何が出来るっていうんだ!!」
唾を飛ばし酒臭い息を吐き出しながら叫ぶ。
「何も……出来ないかもな」
ソロモンの返事は静かなモノだった。
「そう思うのなら止めておけ。そっちの仮面はどうなんだ?」
黒い仮面を被りピクリとも動かないいつものヴィクトルは、数拍置いてからソロモンの肩に触れる。軽く何度か叩いて自分の意見を表した。
「俺に着いてくるって事でいいかい?」
ヴィクトルは何度も頷いた。それを見たバーレクスは面白く無さそうな顔だ。
「ありがとうヴィクトル」
「ありがとうじゃないよ。お前等は二人して……」
機嫌が悪くなっていく泥酔議員。
「何も出来ないかもしれないが、何かしようとすることを手放す理由にはならないさ。帝国の貿易に少なからず影響は出るだろうけど、悪影響は最小限に留めたい」
非公開とはいえ帝国貴族の仲間入りをしたしな。次期皇帝に将来有望そうな人間なんていわれちゃったらね、帝国の為に無茶をしようと思っちゃうものよ。
「俺は帝国の人間だからケステンブールの有力者が最優先だ。無事に助け出してラグリッツの内情を説明すれば、確実に戦争とまではならないだろうと思う。それにラグリッツとの貿易は帝国側も気にしているから、何とかしてくれるかもしれない」
この国の内情に関することは聞き込みで大体分かっている。
「他はどうする?」
「真の貿易相手というか消費者はラグリッツの周辺国だろ。今後の貿易の為にも点数稼ぎで助ける。余力があればだけどね。俺達は何でもできるほど、能力も後ろ盾も無い」
超人じゃないんだ、出来ることと出来ないことの線引きはする。
ハッキリと言ってのけるソロモンに、天井を仰ぎ見るバーレクス。
「本気かよ……」
「上手くいくとは言い切れないけどやれるだけやってみようと思う」
ソロモンは立ち上がった。ヴィクトルもそれに続く。窓の外は雨が上がっていた。
「ちょっと待てよ小僧」
バーレクスが立ち上がって呼び止める。近くの棚を開けて中から何かを取りだした。
「何の準備もしないまま行くのは頂けねぇな。城下町の地図はねぇが城下町までの地図はこれだ。あとこの建物の裏に、小さいが馬車が一台ある。貸してやるから使え」
「ありがとうございます!!」
地図を受け取って道順を確認する横でバーレクスは何かを書き始めた。
「後は、もう少し動きやすくしてやる。有力者達を捕らえているのは議会派だし、報告の手紙を送ってきている奴は元々私と同じ対話派だ。今書いている手紙を渡して、バーレクス議員の使いだとでも言えば味方だと思うだろう」
酒瓶の隙間に紙を置いてペンを走らせている。
「捕まっている人達は恐らく議会の本部だ。拠点にするのにうってつけだし、有力者達は毎回そこで会合するからな。口で道順を詳しく説明するのは難しいが、大きい石の建物で旗を何枚か掲げている。中心部から北の方で割と目立つ建物だぞ」
書き終わった手紙を雑に折り畳んで、ソロモンの胸元に軽く叩きつける。
「ランダスという男と接触しろ。本部に居る筈だ。私と同じくらいの年で、定期的に報告の手紙を寄越す奴だ。城下町がどうなっているかは分からん、危険を感じたらすぐに中止して城下町から離れるんだぞ。……無理はするなよ」
手紙を受け取ってからソロモンは笑った。
「心配してくれてありがとうございます。荷物を預かっておいてもらっていいですか?」
「ああ、その辺に適当に置いとけ。なんだったら助けた方々を連れてきてもいいぞ。どうせ私しか居ないし誰も来ない、一時的な避難場所に使え」
「ありがとうございます。では行ってきます」
地図と手紙を懐に入れ、二人分の荷物を空いているテーブルに置く。裏の馬車に乗りフラスダを出発した。一頭で動かす旅客用の馬車、ヴィクトルに手綱を引かせソロモンはその横に座る。
修道院は善意だった。でも今度は違う。下心というか明確な損得勘定がある。誰かの為にというよりは、自分の為にという気持ちが強い。心を整理して覚悟を決める。
ソロモンの無謀な戦いが始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます