第19話 再会

 次の日の早朝、廊下で会ったイレイネに挨拶をして修道院を後にした。修道女達が起き出してくる前だった。

 一晩熟睡しておいてなんだが、男子禁制の修道院はやっぱり居心地が悪い。


 町はまだ暗かった。夜の終わりと朝の訪れを知らせる太陽の光は、厚そうな雲に阻まれている。

 広場や港には外で一夜を過ごした人達が、疲れた顔で座り込んでいた。商売のチャンスと考えたのか、早い時間から軽食を売り歩く人達もちらほら見かけた。

 防波堤近くに座り込み、サンドイッチを囓りながら海の彼方を眺める。潮の匂いが混じる風が、穏やかな波と共に停泊中の船を揺らしている。


 今日も帝国行きはナシかな。

 最後の一塊を口に放り込み、水筒の水を流し込む。腹が満たされた後、特に目的も無く歩き出した。町中は相変わらず城下町から逃げてきた人達で溢れている。雰囲気は全体的に暗い。


「あ……雨だ」

 厚そうな雲から落ちてくる雨の勢いは瞬く間に強くなっていく。まるで宿を取れなかった人達に追い討ちをかけるかのようだ。

 ソロモンも思わず近くの建物へ避難。入り口前に屋根があって、元の世界でいうと雑居ビルのような建物だ。

 ゲリラ豪雨かよ、ちょっと雨宿りさせて貰おう。

 そう思っていた時だった。後ろからドアが開く音がした。振り返れば男が一人。


「……お前昨日の奴か」

「あれ……修道院にいた議員さん?」

 ドアの向こうに居たのは昨日修道院で戦ったバーレクス議員だった。

 顔も目も真っ赤だ。まるで別人だ。

「何か用か?」

「いや急に雨が降ってきて雨宿りしようと思っただけなんだ。偶然ですよ」

 暫しの沈黙の後、

「食い物と酒の追加を買いに行こうかと思ったんだが……雨か、まあいい。中に入れよ、そこに突っ立っててもしょうがないだろ?」

 ドアを開けたまま踵を返すバーレクス。ソロモンはヴィクトルと顔を見合わせた後、

「折角だしご招待を受けようか」


 ドア横の郵便受けに手紙が一通入っていたのを見つけ、取り出してからバーレクスの後に続く。入ってすぐ正面の階段を上がって二階へ。着いていった先はいくつかのテーブルが規則的に並ぶ会議室のような場所だ。

 テーブルの一角には雑に置かれた酒瓶。鼻に届くアルコールの匂いの元なのは間違いない。

「ホントにヤケ酒したのかよ……」

「飲まなきゃやってられん。お前も飲むか? ワインとビール、どっちがいい」

「いやまだ未成年なので遠慮します」

「お前はもう成人だろ……まぁいい」

 見た目は大人に見えるのかな。


 バーレクスは魔力式冷蔵庫の中から酒瓶を取り出した。三人掛けソファーの真ん中に座りコルクを抜いてテーブルのグラスに注ぎ、あおった。

「ここ、バーレクスさんの家なんですか?」

「いや、同じ派閥の議員の集会所だ。適当に座れよ」

 政党の事務所みたいな所か。確かに個人宅には見えないか。


 追加を注ぎ終わるタイミングを狙って手紙を渡す。

「これ郵便受けに入ってましたよ」

 悪いな、と小さく礼を言ってから雑に破って中身を取り出した。ソロモンとヴィクトルは向かい側のソファーに座った。

 この様子じゃ相当飲んでるな。ワインとビール、この世界にもあるのか。世界が変わってもお酒は同じということなのかな。


「あのバカ共が……。最悪戦争の引き金だぞ!」

 バーレクスは手紙をテーブルに叩きつけた。空の酒瓶が少し揺れた。

「何か物騒な単語が出てきましたけど……」

 恐る恐る聞いたソロモンに対して、バーレクスは手紙を投げて寄越す。読んでみろという意味だと捉えたソロモンは目を通し始めた。


「私はな、学が無くてな。それでもこの国の為に何か出来ないかと思っていた。政治や経済の事を独学で学びながら働いていた時、議員にならないかと言われてな。厳しかったが同じだけ優しかった恩人だった。その人は議会の重鎮でな。民の声を届けて王と共に国を支える事が議会の使命とよく言っていたよ。対話派を率いる纏め役でもあった。武力で実力行使に出るような人ではなかったんだ」

 再び酒をグラスに注ぎ呷った。


「兵士との武力衝突で死んだらしい。対話派の仲間も強硬派の議員達も武器を取って戦って大半が死んだ。もうダメだよ……私一人ではどうしようもないし頼りのガルガヴァルの宝玉もダメだった」

 何もかも投げ出すように酒を呷り続けるバーレクスに耳を傾けながら、ソロモンは手紙を読む。ヴィクトルも横から覗いている。


「一般人もかなりの数が議会側に参戦しているが、戦力が拮抗していて一進一退の戦況が続く。両陣営に被害が拡大中で泥沼化が予想される、か」

「武器を揃えても所詮は素人集団だ。指揮をしている議員もな。対して相手は訓練を受けた正規の兵士達。指揮官の統率力も兵士個人の戦闘能力も上回っている。頭数の差を覆すなんてそう難しくはないハズだ。両陣営に被害と書いているが、実際は議会側勢力の方が大打撃を受けているんじゃないかと思う」

「確かに兵士は戦いには慣れてるだろうしな。……ん!? これか! 戦争の引き金になるっていうのは」


 それは手紙の最後の方に書いてあった。有力者が集まる集会があり、議会側勢力がそこを制圧。ラグリッツの王子と隣国の大使、更に有力者達を拘束したという。

 問題なのは拘束した人を『人質』として扱って、王政側に降伏勧告をしているということだ。


「隣国の大使を巻き込んだら国際問題になるな」

「それだけでも大変な話だが、そもそも集まっている有力者は経済に大きく関わる商会の方々だ。隣国から来ている方もいる。それが巻き込まれたとなれば非難の言葉を吐くだけでは済まない。軍事介入に踏み切られでもしたら双方にとって良くないことはわかりきっているだろうに、何故こんなことをするのか」

「王政側は勧告を受け入れずに徹底抗戦、話し合いの余地なしか。これ、他国からしたら人質の解放に動かなかった王政側も印象が悪いよね」

「だろうな」


 ここで会話が中断された。ソロモンは黒髪を掻きながら頭の中で内容の纏めに入る。バーレクスはまだ飲むつもりらしくビールを開け始めた。グラスに注ぐのが面倒になったのか、泡立つビールをラッパ飲みする。

 なんかヤバいことになってるなこの国。これは後で報告の手紙を帝国に送らないといけないな。あとこの議員さんの酒の量も流石にヤバいだろう。


「この国はもう終わりだよ。フェデスツァート帝国からも怒りを買うだろう。そうなれば貿易を停止し、こちらは最大の税収源を失う。ただでさえ傾いている経済にトドメだ。後は不満が不満を呼んで負の連鎖が始まり、革命という名の内戦になりかねない」

「フェデスツァート帝国も関係しているんですか」

 慌てて聞くソロモンにバーレクスは真っ赤な目を向けて、

「ああ、捕まった有力者の中にフェデスツァート帝国から来ている人がいるんだ。ケステンブールの運営に関わる人で、貿易関係の話し合いに定期的に来るんだよ。ああ……ケステンブールってのは……」

「知ってます。俺はそこから来たので」

 バーレクスは目を丸くした。


「……お前帝国出身だったのか。身なりが旅行者だなとは思っていたが……」

「見聞を広める為に来たんです」

「それは災難だったな。さっさと帝国に帰った方がいいぞ」

「帰りの船を待ってたんですけどね。まだ来なくて」

 ソロモンは黒髪を掻き始めた。一旦落ち着いて話を整理し考えを纏める。

 フラスダは帝国が中央大陸の国々と交易を行う為の拠点になっているんだよな。ということは、だ。

 地図を取り出し考えと照らし合わせる。


「バーレクスさん、帝国が中央大陸の国と交易をする場合に、陸路を使う事は出来るんですか?」

「陸路だぁ……? 繋ぎの大地を通ってか? モノを運ぶだけなら物理的に可能というだけだ。地形的に片道だけでも一月掛かる。輸送費用が嵩んで商売にならん。船なら一度の輸送量も多いし日数も短い」

 やっぱり船じゃないとダメか。


「最大の税収源というのはフラスダの財源という事ですよね?」

「いや違う。ラグリッツ全体でだ。お前は知識がありそうだな……この国は元々内需で財源が左右されにくい経済だっていえばだいたい分かるか?」

「内需で……国内の消費の増減があまり関係ないと言うことは……」

 学校で習った内容を思い出して答えを探し出そうとする。


「帝国からの輸入品は大半が中央大陸の別の国に運ばれている? 関税で稼いでるってことですかね?」

「そうだ。国単位で見ればラグリッツは輸送業者と仲卸業者。言い方は悪いが、帝国と他の国との間に入って、関税という名目で中抜きしている。海上交通の要所でかつ平地が多くて陸上輸送に適した立地だからこうなったともいえる。逆に他国に頼りすぎてる経済だから、他国から反感を買うような真似はするべきではないんだがな」

 答え合わせの後、ソロモンは黒髪を掻きながら今一度頭の中を整理する。


 幾つもの特権に様々な優遇措置。それらを与える代わりに皇帝と帝国に尽くす。それが帝国貴族の義務。だとしたらこの答えは間違っていない筈だ。


「助けに行くか。捕まった人達を」

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