第1話 親書

 二枚の手紙の内容は、前半が――言い回しは違うが――同じだった。城に封じられていた厄災を何とかした事への賞賛と、無償で反対側へ通過出来る様にしたことのお礼。怪力強盗女を討伐したことを高く評価しているということ。


 ちなみに怪力強盗女の正体はソロモンと同じ『異世界サバイバルゲーム』のプレイヤーで、獣人化する能力『ビーストトランス』を使っていた。


 手紙の後半が本題らしいな。しかしこれは……。

 頭をフル回転させて何度も読み返す。黒髪を掻きながら書面とにらめっこを続ける。

 国王からの手紙には俺を『王国領主』に任命し、城と一緒に買い取った『王国側の所有地』をソロモンの『領地』とする。

 その際『帝国貴族』が王国領主になることに関しては前例がある為、貴殿が二つの身分になることを当国は認めることとする。略式の任命式を行った後帝国側も交えて領地の運用に関する協議の場を設ける予定である、と書いてある。


 俺が領主? 何故だ? 意味がわからん。


 皇帝からの手紙には王国領主に任命された事を理由の一つとして、俺に『帝国貴族』の身分を与える。貴族の特権と義務については、王国側も交えて説明と交渉の場を設ける予定である、と書かれてある。


 俺が貴族? 何故だ? 意味がわからん。


 ただこの二枚の手紙の文面から、王国側と帝国側が事前に話し合ってから手紙を持ってきたのは間違いない。

 ありえねぇ、怪しい。手紙の送り主がだとしたら、おかしいとしか思えない。真意がわからない。


「どうしてこんなことを言ってきたのか聞いてみるしかないか」

「王国側はレンドンのエルドルト行政官が担当されるそうです。ソロモン様のご予定が合えば、明日の午後に城まで足を運んで頂けるとのことですが如何なさいましょう?」

「おっ、エルドルト行政官なら城を買った時にお世話になったお偉いさんだ。でも呼びつけるようで気が引けるなぁ」

「元々この城で話し合いの場を設けたいという事でしたので大丈夫かと」

「分かりました。では明日お願いします」

 この場はお開きになり使者は帰って行った。


 その日の夜、ソロモンは本館の自室でもう一度手紙に目を通していた。パンを囓りながら、魔力式ランプに照らされた文字を追いかける。その横でヴィクトルは、ソロモンに顔を向けたまま置物状態。


「貴族とか領主とかガラじゃ無いよ全く。俺は本来どこにでも居るような一般人だぞ。生きる世界が変わっても、そんな人間になれるかよ。なあ?」

 ヴィクトルは首を傾げた。

 持て余した城で寝て起きて、貯蓄が尽きかけたら分相応な仕事で糧を得て、いつの日か追いつかれるクソッタレな運命を待つ。

 それが、別の世界からやってきた俺の立場だろう。


「この話は断る事にするよヴィクトル。やっぱり無理だよこれは」

 二回頷いたヴィクトルを見てソロモンは笑った。水差しの水を一気飲みしてランプを消し、安い布団が敷かれたベッドに潜り込んだ。


 次の日の朝、天気は多少の雲はあったが晴れている。ソロモンは本館の城主室からバルコニーに出て大きく背伸びをした。山間を通る冷ややかな空気が全身に触れる。城主室で寝起きするようになってから、晴れた日の朝はいつもここに出る。

 朝日に照らされた正門館を見下ろしながら欠伸をひとつ。山肌の一部を覆う植物は今日も変わらない。


 午前中は軽いトレーニングにして午後からの来客を待つことにした。今日の昼食のメニューは自分で焼いたパンに、リンゴに似た果物のジャムだ。

 午後一時を回った辺りでエルドルト行政官が到着した。

「お久しぶりですソロモン殿。ご活躍は聞いていますよ」

「いやぁ助けられてばかりなので手柄にはなりませんよ。そちらの方は?」

 行政官の仕事服を完璧に着こなすエルドルトの傍らに、見慣れない人物が立っている。

「紹介しますね。こちらはフェデスツァート帝国の皇太子で、今回は皇帝代理としてお越し頂きました。カラヤン・シェルゼロット・フェデスツァート様です」


 うわあああああああああ!!! 何か超凄い肩書きの人が来たあああ!!!!!


 ソロモンは心の中で絶叫していた。


「カラヤン皇帝代理です」

 差し出された手をソロモンは慌てて両手で握る。頭二つ分くらい背が高いので、ソロモンは見上げる形になった。

「こっちは我が帝国の技術者でエウリーズ」

「はじめましてぇ。エウリーズ・ステルダムよぉ。よろしくねぇ」

 オカマって言うかオネェキャラじゃねーか!

 ソロモン、本日の衝撃の第二波である。

 平常心がどこかへ行ってしまったまま、城内に招き入れた。

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