第二章 対価に誠意を

序章

 土来定樹どらいさだきは異世界に送り込まれた十七歳の少年だ。普通の公立高校に通っていたのはつい一ヶ月と半月前である。

 送り込まれた理由というのが、どこぞの神様達の娯楽に偶然選ばれたという迷惑極まりないものだった。

 異世界サバイバルゲームと称したゲーム。特殊能力を与えられ異世界に強制的に放り込まれた定樹はソロモンと名乗り、今は山に建てられた城の主として暮らしている。

 他のプレイヤーを一人撃破したのは半月前。ソロモンは新たな戦いを始めていた。


「今度は上手くいく筈だ!」

 パン生地との激闘、四ラウンド目。三度目の正直を越えて今パン生地がかまどに投入された。後は焼き上がりを待つだけである。

 ソロモンはレシピ本を見ながらパン作りに挑戦していた。焦げたり焼き上がりがパサパサで美味しくなかったりと、戦績は三連敗。

 そもそも何故パンを自分で焼いているかというと、食事のレパートリーの少なさに耐えられなくなったからだ。


 町から離れた山の上の城に住んでいるので、気軽に食べ歩きができる訳も無く食事は自炊。少ないレパートリーでのローテーションに限界を感じ、新たなメニューを習得すべく戦いに身を投じていた。

 時計を気にするソロモンの隣には、使い魔であり仲間以上の相棒が今回の戦いの結末を共に待っている。

 その相棒は、ゲーム開始時にサポーターのソロモンの七十二体の悪魔から受け取った特殊能力で、段階的に強化されるアンデットの『スケルトン』。二回強化されたのでスケルトンサードタイプと呼び方が変わった。

 名はヴィクトル。簡単に説明すると、喋れない動く人骨だ。あと六十九回サポーターが強化してくれる予定である。


「そろそろかな」

 かまどからトレーを取り出す。今回の勝敗はどうだろうか。

「見た目は良い感じに膨らんでいるな。表面の色も良さそうではある」

 少し冷めるのを待ってから一つ頬張ってみる。

 思わずガッツポーズを出し、焼き上がったパンを次々と胃袋にブチ込んでいく。今のソロモンは無言でパンを食うだけの少年と化した。

 そんなソロモンの肩をヴィクトルは叩いた。


「うん? どうした」

 ヴィクトルはソロモンの腰を指差した。小さい鐘が入った円筒形のガラス瓶だ。大きさは丁度、五百ミリリットルのジュースの缶と同じ。中の鐘からは品の良い音が規則正しく鳴っている。

 これは来客を知らせる魔法の道具で、限定的な短距離用通信機だ。


「何だよ、来客か。誰だよこんな時に」

 面倒臭そうに操作して、

「もしもし城主ソロモンです。骨董品の押し売りならお引き取り下さい」

 山越えルートの関所みたいな城。無料で誰でも通り抜けられるようにしたら、商魂たくましい商人が物を売りに訪ねてくるようになった。

 尤も品物が絵画に骨董品、宝石に貴金属類と明らかに大富豪向けのラインナップばかりだったので即追い返していた。

『私は商談に来たのではありません。フェデスツァート帝国とアスレイド王国の使者として参りました。城主ソロモン様にお目通りを願います』

 俺を金持ちと勘違いした商人じゃないのか。完全に予想外のお客様だぞ。

 この城が建っている山は二つの国の国境線になっている。北側がアスレイド王国で南側がフェデスツァート帝国だ。

 城と敷地内は二つの大国に属する特殊な扱いになっているので、両国から使者が来るのは有り得る話ではある。

「今行きます。お待ちください」

 追い返す訳にもいかないので正門館の一室に招き入れた。豪華という訳では無いが、一応来客用に手入れをしている部屋だ。護衛の一団は食堂に待機させた。

 使者に安物の紅茶を出す。手軽に淹れられるような『ティーパック』とほぼ同じ仕組みの物だ。世界が変わっても人が考えることは同じのようだ。

「すみません安いものしかなくて」

 使用人は雇っていないのでソロモンが自ら淹れる。給料を払い続けられる収入源など無いし、一人二人雇ったところでこの大きい城の維持管理などどうしようもない。

 使者は特に嫌そうな顔をすること無く、頂きますと言って口を付けた。ヴィクトルの見た目にも特にリアクションは無かった。

 ソロモンとヴィクトルが使者と向かい合う形で座り、相手から切り出すのを待つ。


「本日の用件ですが親書をお預かりしておりまして。城主ソロモン様にお渡しするようにと仰せつかっております」

 使者は懐から一通の封書を取り出し両手に持って差し出した。品の高い高級そうな便箋に、二人の差出人が書いてある。


 おい嘘だろおい! 見るからにとんでもない人間の名前が書いているぞ!?


 一人はフェデスツァート帝国皇帝『シェザーリン・ステルダム・フェデスツァート』。

 もう一人はアスレイド王国国王『ラボリエンス・アスレイド』。

 肩書きからして色々ヤバい相手から来ちゃったよ!?

 黒髪を掻くソロモンの顔に、べたつく汗が張り付いていく。


 何で!? 何で王様達から手紙が来るのぉ!?


 明らかに狼狽えるソロモン。その横で無表情――そもそも表情を変えられない――の相方ヴィクトル。

「驚くのも無理はありません。両国は城主ソロモン様を気にかけておられます。どうぞ中身をご確認くださいませ」

「えっ、ああ、そうですね……」

 慣れない手付きで慎重に開封作業にかかる。裏面には封蝋ふうろうが二つ押されていた。恐らく差出人がマジで皇帝と国王であることの証明だろう。


 皇帝からと国王からでそれぞれ一枚づつ計二枚入っていた。

 恐る恐る内容を確認する。

 悪いこと書いてないだろうな。

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