第2話 会談
手入れが行き届いていない正門館の廊下をソロモンが先導して歩いている。靴が床を叩く音が響く。
冷や汗が尋常じゃないソロモンの後ろでエウリーズは忙しそうに首を動かしていた。カラヤンは堂々と歩き、最後尾のエルドルトは取り乱すこともなく付いてくる。ヴィクトルは相変わらずである。
「あの~すいません。客間がですね……」
言い淀むソロモンにカラヤンが、
「話をするだけなら椅子とテーブルがあればいい。手紙を送りつけた上、次の日に押しかけてきたも同然だ。僕はもてなしを要求するつもりはない。ただエルドルト行政官にだけは配慮をお願いさせて欲しい」
「は……はぁ……」
言っていることは尤もだけどさ、皇太子様だろぉ。
「気にしないでぇ。ウチの皇太子様は紅茶が大嫌いなだけだから」
「あ……はい……」
反応に困るわ!
前日に使者を通した時と同じ正門館の部屋に案内した。丁度陽が入る時間帯なので室内は明るい。
「何も出さないのは流石に申し訳ないのでちょっと準備しますね」
紅茶を出すつもりだったからお湯は用意してあったけどさぁ。皇太子の分はどうしようかな。一番立場が上の人が紅茶嫌いってのは対応に困る。
流石に皇太子だけ何も出さないのはちょっと、いやかなりマズいよな。
果物のジュースや牛乳は用意していないし、コーヒーはこの世界には無いっぽい。お酒も無い。いやあってもこの場で出すのはよろしくないか。
「ねぇ城主様。ウチの皇太子に水を貰えないかしら?」
「水ですか? 分かりました」
オネェ技術者エウリーズから助け船が来た。それを受けてソロモンはカラヤンに水が入ったコップを出し、更に水がタップリ入った水差しをテーブルに置く。顔見知りのエルドルトとオネェのエウリーズには紅茶を出した。
「ありがとう、頂こう」
相当喉が渇いていたのかカラヤンは水を一気飲みした。自ら水差しを傾け更にもう一杯。
紅茶組も安物に嫌な顔をせずに口を付けている。
「では早速始めよう。まず君の相方についてなのだが、巷では動く人骨マンとか呼ばれているらしいね。正確に言うとスケルトンという種類の非生物だとか?」
「ええそうです。半月前の一件もあって、素顔を晒してもあまり騒がれなくなりました」
ヴィクトルは出かけるときもフードを被らなくなった。今も素顔を見せている。
「気分を悪くしたらすまない。彼を調べさせてくれないかい? 別に問題視している訳ではないんだ。彼から学べるものがないかと考えていてね。信頼できる技術者を連れてきたのもその為なんだ」
その考え方は無かったな。皇帝代理ともなれば発想が違うと言うことか。
「エウリーズは兵器の研究や開発をしていていてね。解析して同じ物を作り出せないかと目を付けたんだがどうだろうか?」
「ヴィクトルと同じ物をですか」
ソロモンとヴィクトルは顔を見合わせた。
「調べるのは構いませんが……多分複製品は作れないと思いますよ」
メイドイン悪魔集団で異世界産だしなぁ。製造方法どころが何を材料にしているのかもわからん。
「そう言われちゃうとますます興味が出ちゃう」
ヴィクトルにエウリーズからの熱視線が飛ぶ。
「ヴィクトル、協力してくれ」
ヴィクトルは親指を立てて席を立つ。同時にエウリーズも席を立った。
「話が分かると嬉しいわぁ! 早速取り掛かるわねぇ」
自前のリュックから工具箱らしき物を取り出し部屋の隅へ移動。鼻歌交じりで調べ始めた。
「ありがとう、悪いようにはしないことを約束しよう」
大喜びのエウリーズを横目にカラヤンの真面目な顔が少し緩んだ。
「次は王国側の話をしようか」
「では私の方からお話させて頂きます」
カラヤンからのパスでエルドルトが話し始める。
「昨日の手紙でお伝えしました通り、アスレイド王国はソロモン殿を領主に任命致します」
やっぱりエルドルト行政官はそうきたか。答えは決まっている。
「あ~その事なんですけども。辞退させて下さい。俺にはとても務まらないですよ」
ハッキリと自分の考えを伝える。
「予想通りの回答ですね。しかしソロモン殿、貴方がお持ちの土地がどれ程の広さかご存じでしょうか?」
「一度馬車で見に行った事があります。帝国側は麓の周辺で、あまり広くはなかったですけど王国側は一通り見て回るのに一日掛かりました」
「それほど広い土地を放置するのはお互いの為にならないと思いますがね?」
「まあそれはそうですけどね」
今日のエルドルト行政官は以前とは違う攻め方で来るな。
ソロモンは黒髪を掻きながら、
「王国の法律では土地を所有しているだけでは課税の対象にはならない。但し運用して利益を得ていればその利益は課税対象になる。要するに土地を使ってお金を稼いで、そこから税金を国に納めてほしいって事ですよね」
「ええそうです」
テーブルの上で手を組みながらエルドルトは同意した。次の言葉を出さないのはソロモンの次の言葉を待っているからだろう。
「土地を使って儲けようとは考えましたよ? 最近は知り合いも増えたんで、話を聞きながら色々検討してみましたけど無理ですね。結局の所元手が足りなすぎるんですよ。融資をしてくれるトコもないし」
「ちなみにどういった方法を考えていましたか?」
「農業は知識が無いから土地が適しているか分からないし、調査費用だって馬鹿にならないでしょう。それに季節的に今から開墾しても収穫に間に合うかどうか分からない。そもそも人を雇わなきゃ大規模な農園にできないから、大した収穫量にならないだろう。畜産は放牧に適していると思うけど、設備投資と魔物対策を含めた人件費、最初の家畜を買う資金の問題で採算が取れるか分からない」
エルドルトとカラヤンは黙って聞いている。
「土地は海に面していない上に大きな川や湖が無いから漁業や養殖は論外。森林は土地に含まれないから、製材やキノコ栽培の類いは不可。城が建っている山も所有権が無いから採掘は不可。まあ何がどれだけ出るか分からないし、取り尽くしたら終わりだから長期的には当てにできないんだけども」
コップを口元に近づけたまま話を聞くカラヤンに、大きく目を開いてソロモンを見るエルドルト。
「商売をするにしても、この辺は大手が流通にガッツリ食い込んでるから新規参入は分が悪い。商品を作る工場を誘致しようと思って色々聞いて回ったんだけど、誰も取り合ってくれなくて。あとで聞いたら、材料の輸送コストが問題になっているんじゃないかって話で諦めたんです。観光業もイマイチ魅力に欠けてるようですし」
頭の隅に追いやっていた没アイディアを引っ張り出して羅列する。
「横から失礼、話を聞いている限りソロモン殿は領主の資質があるようですが?」
「えっ!?」
カラヤンから不意討ちが飛んできた。
「ええ、私もそう考えておりました。長期的な考えをしています。目先のことばかりではなく計画的で非常に視野が広い。町の人達から聞いた話だと、案そのものは彼が思いついているようですね」
「帝国側でも色々聞いて回っていた事は把握している。こちらの調査報告に上がっていたいたのでね。高度な教育を受けていたのか、それとも生まれ持った資質か」
学校でちょっと学んだ事を思い出しながら考えただけなんだけどな。俺の事を過大評価しすぎだろう。
「経験がなくても最初の内は王国側からある程度の支援はしますので、やってみましょうよ。領主ソロモン」
今日のエルドルト行政官はめっちゃ攻めてくるなぁ。あ~なんか断れない雰囲気だし支援してくれるならまあ……受けるしかないかな。
「分かりました。支援を受けられるなら何とかやってみましょう」
押し切られた。ソロモンの意志は案外弱い。
「ありがとうございます! ではこちらに署名をお願いします」
最高の笑顔で上質そうな用紙を差し出すエルドルト。
契約取った営業のサラリーマンかよ! いや国家公務員か!
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