第22話 ソロモンの利益
「国境の山に建ってる城を買い取ったのは俺です。城主の証みたいな物は無いですけども」
「アタシが聞いた話だとあの城の厄災をどうにかしたって事だけど?」
「うん、消した。証拠を出せと言われても無理だけどね」
シェイラは少し考える仕草をして、
「信じるわ。情報元は帝国の中央だし、動く人骨をこの目で見たらね」
首しか動かさないヴィクトルに視線を合わせる。ヴィクトルもシェイラを見ているが、美女と見つめ合う形になっても無反応である。
「それで提案があるのだけれどいいかしら?」
「どのような内容ですか?」
「貴方のお城を通らせて頂きたいの。昔は通行料を払えば通してくれていた、と聞いたことがあるわ」
「山を真っ直ぐ越えられるから、ですね。確かこの町から帝国側の最寄りの町までは、半日で往復出来るんだったかな。山を迂回する従来の道よりも遙かに早い。売買の回数が多くなってその分利益が出る。だから通行料を払ってでも通りたい、違いますか?」
あの城は交通の要所、まるでスエズ運河かパナマ運河だからな。通行料は元々収入を得る手段として考えていた事だ。
「ええそうよ。通行料の額は相談させてね?」
すぐに意図を汲んだソロモンにシェイラは甘い顔で笑う。
「でも厄災の件で先代の城主が私有地の通り抜けを禁止したという話ですな」
「そうだったんですか。まぁ俺は元々前の城主一族とは全く無関係ですし、土地や権利ごと全て買い取ったんで……」
リダスカとシェイラを交互に見る。商人とは別の損得勘定でそろばんを弾き、他者とは違う価値観で計画を組み立てる。
その場から声が消え、ソロモンに視線が集まる。
「好きにさせて貰います。よってこれからは現城主の俺の意向ということで、関所のようになっている城の通過を許可します」
「通行料はお幾らで?」
またざわつき始めた場を一瞬で静かにするシェイラの発言。
一回通る毎に幾らという形にして、彼等の利益を折り合いが付くように金額を設定すれば、彼等は俺の懐に銀貨を入れてくれるだろう。買った時の金貨二枚分すぐに稼げると思う。
だがパナマとスエズは高い通行料を取っているが俺とは事情が違う。
「通行料はタダで良いよ。みだりに城内に入らない事と、無用なトラブルを起こさない事を約束して頂けるのであれば、誰でも通過して頂いて結構です」
注目が集まる中ハッキリと自分の考えを述べた。
「自由に通れると商人だけでなく我々運輸業も助かりますな!」
ソロモンの発言にリダスカが騒ぎ出す。それにつられたのか、周りも賑やかになっていく。その中でシェイラは冷静だった。
「アタシ等にとっては願ったりだけど、いいのかい城主様? それだと貴方の利益にならないじゃない」
確かに一文の得に、いやこの世界風に言うなら銅貨一枚の得にもならない事は分かっている。
「人脈と情報が欲しいんだ。俺は余所者で殆ど孤立しててさ、通行以外にも助け合えれば良いかなって。何でもとまでは言わないから、色々教えて欲しいかなって。正直俺は生活費がそんなに掛からないんだ。だから護衛とか荷物運びとか、日払いで幾らか貰えればそれでいいし」
堂々と、そしてハッキリと自分の考えを伝える。
金持ちになる為に城を買い取った訳では無い。別の世界から特異な事情と状況でやってきた人間の、『根本的な目的』の違い。
まだ見ぬ敵と戦う為に。その準備であることは忘れない。
資金の額が大きければ有利、それは分かる。だがお金では得られないモノもある。それが力になることを経験で知っている。
孤立無援で戦い続けられるほど強くはない事を理解しているし、自分の力だけで勝てるゲームだとも思ってはいない。
今の手札で勝負するのでは無い。手札を増やし、より強い手札に変えて勝負する。
「皆さんと共存したいんだよ俺は」
一部隠している事はあるが、嘘は無い真っ直ぐな言葉で意思を示す。
「それは大変良いことですな。人脈、それはとても大事ですな。改めてよろしくお願いしますな」
「今後ともどうかよろしく」
その後ソロモンとヴィクトルは、今回の依頼主であるシェイラと護衛契約を結ぶ。帝国の町までで、相場と同じ額の護衛料を支払う内容だ。
今回は商人のシェイラが輸送業務をアフジーノ運輸商会に依頼しており、護衛料は依頼人持ちということでこのような形式にしている。
遅めの昼食を食べて戻ってきたところで打ち合わせを行う。
「商人っていうから最初は商品かと思ったんですけどね」
「自分の売り物は自分達で管理するさ。量が多過ぎたり急に馬車が必要になったりした時なんかは別だけどね。今回は特別なお得意様達なんだよ」
ソロモンとヴィクトルが直接護衛する馬車には、シェイラがお得意様と呼んでいる『客』が乗っていた。荷物用の馬車はあっても、人を運ぶ用の馬車は無いのでリダスカに頼んだようだ。
シェイラがどういう風に紹介したのかは分からないが、お得意様達はこぞってソロモンに挨拶しに来た。ヴィクトルを珍しがって見に来たというのも理由の一つだろう。
見るからに大富豪ご一行様だわ。女性の皆さんは高級そうなドレスを着て高そうなアクセサリーをジャラジャラさせてるし、男性陣も着ている服が明らかに周りと違う。
もしかしてアレかな。貴族様ってヤツかな。
ご機嫌を損ねないように注意して無難に乗り越えたソロモンは思わぬ光景を見た。
「思った以上に馬車が多い……」
行儀良く大通りに並ぶ馬車。少なくとも四十台はある。正体はシェイラとリダスカが声を掛けたら集まってきた、楽できるなら着いてくよ集団である。お金を取ったりはしていないのがウケたらしく、瞬く間に話が伝搬していき大行列になったのだ。なお通りの角を曲がった先にも続いている模様。
口コミが凄いのはこの世界でも同じらしいな。そしてこの世界には迷惑駐車とかそういう考え方は無いのだろうか?
まあ俺は先頭の馬車で先導役を頼まれているしな。後ろにゾロゾロ着いてくる分には一向に構わないさ。
他の馬車に付いている護衛役――全員ではないが――とも顔を合わせて情報を共有する。大量の魔物よりも、怪力女強盗の方が危険という認識で一致した。
「この前、仲間が怪力女と遭遇したでやんすよ。そいつから聞いた話だと不細工なツラの女だったらしいでやんす」
ツンツン頭の金髪が紙を周りに見せた。人相書きだ。
「動きが俊敏で、男顔負けの腕力だとか。人間の姿で不意打ちを仕掛けてくるのもかなり厄介だ。手練れが何人もやられている」
ガランは両手の拳を強く握っている。
その横でソロモンは紙束を食い入るように見ていた。楽できるなら着いてくよ集団からも出来る限り集めた、強盗女の被害に遭った人からの目撃情報だ。
黒髪を掻きながら雑多に書かれている内容を黙って読み込む。
ソロモンは急に走り出した。その後ろをヴィクトルとセレニアが慌てて追う。
「どうしたの急に」
「この人相書きの女……さっき見たかも」
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