第21話 アフジーノ運輸商会 

 護衛の職業は免許制という訳ではない。雇い主と折り合いが付けば誰でもなれる。仕事を斡旋する『ガーディアンズギルド』という組織があって、幾つかの条件を満たせば登録できる。

 様々な国や町で活動していて契約関係の交渉やトラブル対応を代行してくれる他、情報提供や交流の場を用意してくれる等のサポートも充実している。勿論仲介料や手数料を取られるが年会費は無い。


 ナルースの勧めもあってソロモンとヴィクトルも登録した。条件はクリア。面接した際にヴィクトルの正体を簡単に説明。今は壊滅的な人手不足で一人でも欲しいと職員から歓迎され、登録した事を示す身分証を二つ受け取った。チェーンが付いていて、首から提げることが出来る。

 ギルドの職員達は合理的か柔軟な考えをしているのかもしれない。


 職員の話では魔物の大移動により護衛の需要が増加。魔物との戦いでは死者こそ出ていないが、負傷者が出ているらしい。

 そこにもう一つ、魔物よりも困った情報が帝国側から入ってきた事で更に需要が増したという。


 曰く、怪力の若い女が強盗行為を繰り返している。


 東の隣国から流れてきたようで、数日前に帝国の領土内で確認されていた。怪力女は確定しているだけでも十人の死者を出し、無差別に荷馬車を襲っていてかなりの被害が出ている。帝国から懸賞金も懸かった。

 賞金狙いの猛者達や帝国兵が討伐に向かったものの、全て返り討ちに遭った事から相手は相当の手練れだと考えられている。


 そのような話が広がっている事で、登録直後には即依頼の打診が複数来た。中には相場の一・五倍の料金を提示してきた人も居て、今は売り手市場だ。

 先約が居ると断っても、共同で護衛を引き受けてほしいとの提案を持ち掛けてくる。それだけ町の外の危険度が上がっているようだ。

 ナルースのように町の外に荷物を運ぶ運輸業者にとっては死活問題である。

 登録したことを示す身分証を首から提げて懐にしまい、馬車の手綱をナルースに任せて荷主の元へ向かう。


 着いたのはナルースが働いている『アフジーノ運輸商会』の事務所。四建てで倉庫も併設されている。運んできた荷物の積み替えを行う場所で、大型の馬車が七台は停められる広いスペースがある。

 空いた所に馬車を停めさせてもらい中へ。


「ナルースさんの所って有名だったりする?」

「首都に本部がありますし、帝国や隣国にも拠点があって懇意にしてくれる商会も多いです」

「へぇ~いい所に勤めてるねぇ」

 一階には人が集まっていた。作業服を着た人が多いが、武装した人も見受けられる。ナルースはその中の恰幅の良い男性に足早に近づいていく。


「リダスカさん、護衛役を見つけて来ました」

「おお見つかったのかね? そちらのお二人かな?」

「はい。こちらがソロモンさん、フードを被った方がヴィクトルさんです」

「ソロモン君にヴィクトル君ですな。どうも初めまして。私はアフジーノ運輸商会の主人です。リダスカ・アフジーノというのですな」

 高そうなマントを揺らしながら歩く五十代前後の男性だ。少し派手な服に鳥の羽付き帽子で周りから浮いている。

「リダスカさんですね。初めましてよろしくお願いします」

 ここのお偉いさん、社長みたいな立場の人か。


「おや? そういえば……もしかして」

「ちょっといいですかね? 護衛が増えるのはこっちも有り難いのですが、彼等は見ない顔です。装備は兎も角、腕はどの程度なのか」

 割って入ってきたのは長身で無精髭の男。隣には深紅の髪を首の後ろ辺りで束ねた若い女性。どちらも険しい顔をこちらに向けている。


 男は重そうな鎧……足回りも俺のグリーブより頑丈そうだな。武器は……大型の剣を背負っているな。

 女は旅装束に丈夫そうなニーハイブーツ。防具は……豊かな胸元をカバーする胸当てくらいか。武器は……剣が二本? 二刀流か?


 この二人、俺と同じ護衛役で雇われた人だ。


「一応訓練はしてる。魔物の相手は何度もやった。名前を聞いても?」

「ガランだ。重装兵をしている。大剣の扱いには自信がある」

「セレニア。剣士よ」

「ガランさんにセレニアさんね。今回はよろしくお願いします」

「よろしく。失礼かもしれんがそいつの顔を見せてくれないか?」

「ヴィクトルの顔ですか、いいですけど驚かないで下さいよ」

 ヴィクトル自らフードを捲りドクロの素顔を晒すと同時に場がざわつき始めた。

「ガーディアンズギルドにはちゃんと登録してますよ」

 ヴィクトルは首から身分証を外した。それをガランへと見せる。

「名前はヴィクトル……ソロモン・サダキの従者のスケルトン。スケルトンとは何だ?」

「動く人骨ですよ。特筆事項の所に書いてますよ」


 特筆事項の欄には、『スケルトンとは喋れないが言葉が分かる動く人骨マン』と書いてある。ギルドの職員にこう説明したら納得してもらったのだ。

 ガランは眉間に皺を寄せてヴィクトルと身分証を交互に見ている。

「ソロモンさんとヴィクトルさんは賞金首の盗賊を討伐したこともあるんですよ。噂の怪力女強盗であろうと返り討ちですよ!」

 ナルースがハードルを上げ始めた。


「おおっ! やはり一月前に我が商会を助けて頂いた方ですな!」

 ソロモンの手を掴んで激しくシェイクするリダスカにソロモンは戸惑った。

 あの時はマグレだ。実力じゃなくて運が良かっただけって事は黙っておこう。今は持ってる剣の凶悪さに頼り過ぎているって事もね。

「どうやら素人ではないようだな。改めてよろしく」


 いや、ほぼ素人ですよ。


「どうかしらね? 足手纏いにはならないでほしいわ」

 セレニアはソロモンに遠慮無く近づきまじまじと見つめた。彼女の瑠璃色の瞳がソロモンの黒い瞳を映している。見つめ合う形になったソロモンは、今まで見たことの無い輝きを宿す瞳に魅入ってしまった事に気が付いて、慌てて目を逸らした。

 セレニアは特に不快な顔はしなかった。


「アタシはちょっと興味があるわ。貴方達にね」

 奥の方の部屋から、屈強な大男を引き連れた成人女性が現れた。黒ストッキングに包まれた脚を優雅に運び、均整がとれた大きな胸を揺らす。

 美しいボディラインをハッキリと浮かび上がらせる上質な服と、黒いガーターベルトが見える短めなタイトスカートが妖艶な雰囲気を溢れさせる八頭身。腰まで届く茶色のストレートヘアーは自信に満ちた大人の顔を隠さない。


 絶世の美女ってこういう人の事をいうんだな。初めて見るよ。


「今回の依頼主のシェイラよ。初めましてお若い城主様」

 艶のある声で話しかけるシェイラにソロモンは狼狽えそうになった。

「俺の事をご存じのようで……」

「ええ、この間引き上げてきた帝国兵から伺いました。相方の方もね」


 シェイラと名乗った女性は俺の事を知っているらしい。

 ざわつく声が一層大きくなった。

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