第14話 城内探検

 山道は緩やかな傾斜だった。山の一部を削ったらしく、土砂崩れを防止する為の石垣が所々にあった。石を積んで作られた橋が渓谷に道を通す。城まではほぼ一直線の道で、蛇行しながら山を登るということは無かった。登り始めればすぐに、中腹付近に建つ城の影が見える。

 城門の前は石畳が敷かれた、馬車が六台分の広さがある平坦なスペースがある。


「思った以上にデカいね」

「今見えているのは一部ですよ。実際は山の向こう側にも城(じよう)館(かん)があります。これが城の見取り図です」

 エルドルト行政官から渡された見取り図に目を通す。ヴィクトルも横から覗き込んだ。


 山脈を縦断する道が谷間に沿ってほぼ真っ直ぐに作られている。

 城門は二ヶ所。どちらも魔法で開閉する仕組みで内側から操作する。兵士が何名か派遣されていたらしく、馬車が到着するとすぐに開門した。

 この二つの城門を通過することで王国側と帝国側、どちらにも抜けられる。山に設けられた関所の様な構造だ。

 城門を潜った先は屋根付きで見通しの良い広い空間。城の本体で居住スペースがある城館は、王国側から見て右手側に建っているが、本館は奥の方にある。入り口は馬車が通れる傾斜と横幅のスロープを登った先だ。

 正面から見ると縦に長い長方形で、屋根に小さな塔ある六階建て。


「これが俺の城かぁ。俺の城だぁ。やっぱり西洋風だねぇ。ロマンがあるな。テンション上がるな~。興奮してきたな。三日前の俺に城を買ったんだぜって言ったら、寝ぼけてるのかって言われるよな~」

 浮かれ始めるソロモンとノーリアクションで城館を見上げているヴィクトル。その横で兵士達は疲れた顔でエルドルト行政官に現状報告をしていた。


 厄災の監視役であり新たな城主としてやってきたソロモンと、人ならざる姿の相方ヴィクトル――素顔を晒した――が自己紹介すると、兵士達は泣きそうな顔で敬礼をした。

 荷下ろしは兵士達――何故かちょっと幸せそうな顔――に手伝ってもらったのですぐに終わった。ちなみに兵士は王国側だけでなく帝国側からも派遣されていた。


「いや~中は良い感じの雰囲気が出てますな~」

 静寂が満ちているエントランスホールにソロモンのはしゃぎ声が響く。城館の中は全体的に薄暗かった。所々に明かりが灯っているが、どれも小さくて全体を照らすほどの明るさは無い。


「ホラあそこの廊下、窓から差し込んでる月明かり。幻想的って言うのか、神秘的な感じが最高だな。鎧とか肖像画とか置いてないの? シャンデリアは? 寝室とかはもっと上の階なのかな」

「物品に関しては把握していませんが城主の寝室や書斎は確か、奥の本館の最上階だった筈ですね。城内に異常現象が多発しているので、現状はここの一階と二階だけを使っています」

「そうそうそれね。異常現象って実際の所どうなの?」

「今居る城館の一階と二階、城門付近は大丈夫ですね。城の外には起きていません。具体的な内容は兵士達から聞きましょう」


 兵士達に聞いた内容を纏めると、誰も居ない部屋から音がする。上の階に長く居ると頭痛や吐き気などの体調不良になる。唸り声が廊下に響く。自分達以外の誰かが徘徊しているような気配がする。魔物らしき影を見た。触ってもなければ魔法を使った訳でも無いのに物が勝手に動く。これらの現象は昼間も起きるが、夜に集中して発生する。

「それ、心霊現象じゃね? 幽霊城っていうか事故物件の件だよね?」

 ソロモンの言葉に対して沈黙が返ってきた。意味が解っていないのか、顔を見合わせている。


「丁度夜だし、ちょっと様子見てくるか」

 兵士達は全力でソロモンを止めようとした。だが変に気が向いてしまった当人は、

「じゃあ兵士の皆さんが同行してくれればいいですかね?」

 兵士達が恐怖で顔が歪む発言を繰り出した。

「そうですね。私も行政官として一度この目で確認しておくべきですね。兵士に案内させましょう」

 右手に城内の地図を、左手にランタンを持ったソロモンを先頭に夜の城内探索が始まった。今日は来客は来ないだろうということで、門番役の兵士も含めて全員で同行することになった。なお御者役で来た兵士ですらない人員も、エルドルト行政官の指示で同行することになった。


 彼等はお役人様には逆らえないのだ。たとえそれが「折角の機会だし、皆で行った方が楽しいでしょう?」という、理不尽極まりないありがた迷惑な理由だとしてもである。


 一番雰囲気に合ってるのは槍と盾を持って歩くヴィクトルじゃないかな。

 ヴィクトルは素顔を晒して静かにソロモンに付いていく。


 入り口に一番近いのが『正門館』で一階には大広間や比較的広い部屋、倉庫などかある。

 兵士達が使っているのは二階の一区画。寝室や食堂、調理場がある。地下水を汲み上げて水道を通しており水には困らない。トイレは水洗だ。

 水を加熱出来る魔法の道具が幾つかあり、バスルームで風呂を沸かす、温かい料理を作る等用途に応じて使い分けている。

 城内に備え付けられた明かりは全てランタンと同じ魔力式だ。一つ一つスイッチを入れなければならないので手間が掛かる。兵士達が暮らしていた区画に設置されていた明かり以外は手入れがされておらず、故障や人工魔石の魔力切れ等で殆ど使えないらしい。


「いよいよ異常現象が多発するフロアに来たな。地図で見ると三階から上はシンプルな構造になってるな」

 階段を上った先は長い廊下。正門の方に部屋があり、ドアが規則正しく並んでいる。階段は二ヶ所有る。

「今の所何も無しかな~。『本館』へ向かうか。一階と四階に渡り廊下があるな」

 四階の渡り廊下を通り隣の本館へ向かう。


「ソロモン殿は怖がっていないようですね?」

「何事も気の持ちようっていうかな。前向きなのが一番って言うか。俺の城になったんだから中の様子は知っておかないと」

「それは良い心構えですね。私も見習わなければ」

 軋むドアを開けて本館へ足を踏み入れた直後、冷ややかな空気が一行を包んだ。明かりが無い廊下に静寂が満ちている。

 空気が変わったな。メインはやっぱりここか。

 ソロモンは足を止め、手元の地図の束から本館内部の地図を探す。


「おや? 奥から何か音が聞こえませんか?」

 エルドルト行政官の発言に緊張感が走った。その場に居る全員が耳に神経を集中する。

「唸り声がしますね……」

「俺はカタカタって何かが動いてるような音が聞こえる……」

 暗闇の向こうから聞こえる音。ランタンの光を向けても音の発生源は見えない。

 ヴィクトルはせわしなく首を動かしている。

「異常現象が起きるっていうのは本当らしいな。いや、風かなにかが原因かもしれないけど。……向こうの方から聞こえるな。よし、確かめに行くぞ」

 ソロモンの提案を全力で止めようとする兵士達。しかし何故か乗り気のエルドルト行政官が賛成したので、結局奥まで行くことになった。城主とお役人様が行くと言ったら行かねばならない。それが兵士と巻き込まれた御者なのである。


 先頭を歩くソロモン。暫く進んでも音の発生源は見当たらない。不気味な声や音は消えずに、どこからか聞こえてくるままだ。近くの部屋を覗いてみても、埃が積もった床しか無い。


「ヴィクトルは何処から聞こえてくると思う?」

 ソロモンの問いにヴィクトルは首を傾げた。

 ソロモンの提案で最上階の城主の部屋を目指して進んでいく事になった。勿論兵士達は引き返す事を提案したが却下。探索を続行する。


「あ……あれ……魔物じゃないか?」

 御者が震える声を出した。その声に反応して、ソロモン達は立ち止まった。兵士達は身構え、御者は進行方向とは反対側を怯えた顔で見ている。

「魔物が住み着いたのでしょうか」

「どこからか入り込んだ可能性はありますか?」

 エルドルト行政官は少し考える素振りを見せてから、

「山に建っている城ですからね。この辺りまで来られる魔物が居るとは考えられないかと」

 魔物。魔物か。この世界の魔物ってまだ見たこと無いんだよな。

 御者の視線の先。変わらない闇が当然のように漂っている。


「き……来た……」

 御者は顔面蒼白になり全身が小刻みに震えていた。その前にソロモンは出る。ヴィクトルもそれに続く。

 魔物は何処だ。この先に居るのか。

 腰の剣に手を伸ばし闇の向こうを凝視する。僅かな兆候を見逃すまいと意識を集中させる。


「魔物だ……。魔物だ……」

「何処に居るんだ?」

「あそこに居るじゃないか……。お……大きいぞ……」

 大きい? それらしいのが居ないぞ。見間違いかなにかか?

「近づいてくるぞ! 何とかしてくれよ!!」

「近づいてくる……アレか!!」


 床を叩くような音と共に、それは闇の向こうから現れた。


「アレが魔物……。オオカミのような顔に、二足歩行。手に持っているのは棍棒か。ワービーストってヤツかな。確かにデカい、天井付近まで身長がある」

 こんなヤツに居座られると困る。出来れば駆除したいが。

 冷や汗を乱暴に拭ってからソロモンは剣を抜いた。闇に溶け込む程の黒い剣身が鞘から解き放たれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る