第13話 魔法と戦略

 必要な物を買い込みレンドンの町を出発したのは午後五時を過ぎたところだった。

 馬車が二台。先頭を進むのは人を運ぶ用途の馬車で、エルドルト行政官が乗っている。その後ろには幌(ほろ)が付いた荷物用の馬車が続き、ソロモンとヴィクトルは貨物用の馬車の御者席に座る。


 ソロモンが馬車の動かし方を教えて貰い、一通り習った所でヴィクトルに手綱を持たせている。学習能力があるヴィクトルにも色々教えておけば楽が出来ると考えたからだ。

 指導役はエルドルト行政官の部下で、今は御者席に座って景色を眺めている。

 天気は晴れ。一行は森を抜けて見通しの良い草原地帯へ。レンドンの南に位置する町を素通りし、速度を落とさず進み続ける。


 定期的に馬車が通るからなのか、何となく道になっているのが分かる。

 揺れる馬車に慣れたソロモンは本を読んでいた。勿論レンドンの本屋で買った。この世界で生きるのに必要な知識を掻き集める為、何軒も回って買い集めたのだ。

 この世界の本は意外に高い。安いのでも銀貨五枚。高いヤツだと銀貨が三桁も必要になるというから、書物は貴重品という位置づけなのだろう。


「ヴィクトル、そのまま聞いてくれ。今後の為にも知識や情報は共有しておきたい。大丈夫だよな?」

 ヴィクトルは右手の親指を立てた。

「よし。それじゃあ『魔法』について説明するぜ。この本によるとだな」

 ソロモンが読んでいたのは、この世界の魔法について書かれた本だ。初心者向けの入門書でお値段は銀貨七枚。


「魔法というのは『魔力』を使うことを指す言葉だ。生まれつき魔力を生み出し意識的に操れる人間が一定数居る。魔力の量には個人差があって、魔物の中にも魔力を生み出せるヤツが居る。俺はこの辺りは大体感覚的に分かるんだがヴィクトルはどうだ?」

 すぐにヴィクトルが頷く。


「魔力はそのまま放出できるが、変質させることも出来る。多分だけどな、魔力というエネルギーを別のエネルギーに変えることが出来るって事だろう。例えば光エネルギーとかにな。その性質を利用しているのがコレだ」

ソロモンが御者席の後ろから持ち出したのは、ガラス製の円筒だ。金属製の土台に取っ手が付いていて、筒の上部には金属のリング。

「この世界には魔力を使用する道具があって、日常生活で当たり前のように使われているんだ。この夜道のお供、魔力式ランタンもその一つ」

 土台のつまみを捻ると円筒内に光が灯る。白い光が手元を照らす。


「これには『人工魔石』というのが付いているんだ。これは『魔力のバッテリー』でな。魔力を持たない人間が魔法を使う為の物だ。ちなみにこういう道具の研究や開発などをする分野は『魔装工学まそうこうがく』というらしい」

 手元のランタンは、東京の町とは違う光で馬車が進む道を照らしている。


「要するに科学よりも魔法が文明を発展させてきた訳だな。ただ魔法って言うのは相手を攻撃する武器にもなる。所謂攻撃魔法ってヤツだ。これは要注意だぞ。俺達は使えないからな」

 三度頷くヴィクトル。

「ただ他のプレイヤーが攻撃魔法を使ってくるとは思えないんだよな。元々魔法なんて使えない人間の集まりだからさ。まあ魔法のことはこれぐらいにしてだ。今後の戦略を伝えるぜ」

 ソロモンは本を御者席の後ろのスペースに置いた後、堅い背もたれに体重を預けた。


「俺が買い取った城を拠点として活動する。町が遠くて不便な事もあるだろうが、幸い馬と馬車が売却品に含まれていたからなんとかなるだろ」

 その馬車は城に置いてある。今ソロモンとヴィクトルが乗っている馬車は借り物だ。

「当面の問題は二つ。一つは城内に発生している異常現象。具体的にどうなのかは現地に着いてから確認する。が、三十年も住んだ人が居るんだから、全く生活が出来ない様なレベルじゃないと思う。むしろ深刻なのはもう一つの問題の方だ」

 上着のポケットから銀貨を一枚取り出す。


「お金の問題だ。まだお金に余裕がある内に手を打たないとアウト。飯が食えなくなっちまう。何かの仕事に就いて稼がないとだけど、バイトとかしたこと無いんだよな。土地を活用して継続的に収入が得られる様に出来れば良いんだが、そんなノウハウねーし。国から報酬や資金的な援助が出る訳じゃないから、自力で何とかしないといけねぇ」

 ソロモンは腕を組んで空を見上げた。


「なんとか生活出来るようにするのが次の目標だな。正直な所、他のプレイヤーはまだそこまで問題じゃないと考えてる。まだ二日目だし、スタート位置も離れているからすぐには会わないだろう。俺は戦の素人だが、山に建ってる城が守りに向いているって事は分かる。もし他のプレイヤーが攻めてきたら、城に陣取って迎撃しようぜ。城の異常現象も上手く利用すればアドバンテージが取れるかもしれない。俺も強くなる為に出来る限り鍛えるつもりだ」

 リスク覚悟で買った一番の理由だからな。運が良いことに俺達の立ち上がりはいい。


「今の内に出来る限りの備えをする。本番はこれからだ」

 腕を突き上げるヴィクトルにソロモンの口元が緩んだ。

「そういえば大分時間が経った気がする。まだ着かないのか?」

 夕焼けから星空に変わり、ランタンの光が少し眩しく感じ始める頃。レンドンの町を出発してからほぼ一直線。真っ直ぐに馬車はまだ進み続けていた。

「もう間もなくですよ。目の前に見えるあの山です」


 星空の下、壁のように山――正確に言えば山脈――が立っていた。

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