第12話 持ち掛けられた依頼

 エルドルト行政官の馬車が進む。行き先はレンドンの中央に立つこの町の行政拠点。元の世界で言うところの区役所だ。貨物用ではなく人を運ぶ用途で使われる屋根付き馬車で、御者席には中折れ帽を被った小綺麗な男が手綱を握る。外観は意外とシンプルで派手さは無い。

思いの外乗り心地の良い座席にはソロモンとヴィクトル、そして持ち主であるエルドルト行政官が座っている。

 これからこの町で暮らす予定だから、お偉いさんに良い意味で顔を覚えて貰うのは得だろう。という下心が十割の返事で、話だけでも聞いてみるということにした。


「ところで相談というのは?」

 座り心地の良さを確かめたところでソロモンの方から本題を振る。

「単刀直入に言いますと」

 エルドルト行政官は姿勢を正す。

「訳有り物件を一つ、お買い上げ頂けたらなと思いまして」

「訳有り物件ですか?」

「左様でございます。レンドン行政府で管理している物件の中で一つ、かなり厄介なのがありまして」

「かなり厄介……ですか」

 これから住む所を探そうと思ってたから丁度いいっちゃいいんだよな。厄介事の内容と価格次第なら買うのも有りだ。


 暫しの沈黙が流れる。エルドルト行政官は目線を下げたソロモンの様子を窺う。

「もしかしてレンドンには住む場所を探す目的で来られたのでは?」

 エルドルト行政官の問いかけにソロモンは目を丸くした。

「ええそうです。ここで生活基盤を作るつもりでして。良く解りましたね」

 すげぇ、ほぼ的中だよ。なんで分かったんだ。

 予想が的中した事で気を良くしたのか、エルドルト行政官は笑った。

「旅人で偶々立ち寄っただけならば、買う意味がありませんのですぐ断るでしょう。実は件の訳あり物件はレンドンに住む民の間では悪い意味で有名なんですよね。レンドン行政府で管理している厄介な物件と言えばすぐに避けようとします」

 回答を確信に満ちた顔で述べる。


「貴方は物件を買いませんかという問いに悩んでいた。ということはまず住む場所を探していた可能性が高い。そして先日旅人だと言ったことや珍しい服装、隣に座る使い魔の存在が噂になっていない事などから、この辺りの住人でないことは間違いない。であれば訳あり物件のことを知らないのは当然です」

 ソロモンは聞き入っていた。淀みなく説明をするエルドルト行政官のペースに呑まれていた。


「貴方の事情は分かりませんが貴方が何らかの理由で他国から移住目的でやってきたところで、物件売買の話を持ち掛けられどうしようかと迷っていた。そう私は判断しました」

ほぼ正解。伊達にお役人様をやってないな。

「どういう物件か説明して下さい。それから検討します」

「では続きは中でしましょう」

 馬車が止まった。目的地の行政府へ到着したようだ。


 行政府は五階建てで敷地面積も広い。外には馬車を停める専用の広いスペースがあり、主の帰りを待つ馬達が並ぶ。

 建物の正面、大きな入り口はひっきりなしに人が出入りしている。

 馬車を降りたエルドルト行政官は、裏手にある関係者専用の入り口にソロモンとヴィクトルを案内した。

 その先は所謂バックヤードで、廊下をすれ違うのは職員達だけ。職員達はエルドルト行政官が通ると挨拶をして道を空ける。その後ろをついて行く二人を怪しむ素振りは誰一人として見せない。


 周りを窺いながら歩くソロモンに対して、エルドルト行政官は真っ直ぐ前を見て歩いている。迷うことのない足取りで階段を上り最上階へ。ここまで来るとすれ違う職員は少ない。

 ドアが並ぶ静かな廊下を三人は無言で進んでいく。エルドルト行政官は一つドアを開けて中へ案内した。そこは中央にテーブルと三人掛けのソファーが置かれた個室だ。

「こちらへどうぞ。資料を持って来るので座って待っていて下さい」

「分かりました」

 言われた通りにソロモンとヴィクトルはソファーに座る。


「うわっ。このソファーめっちゃフカフカだ。座り心地が良過ぎる。背もたれの角度が絶妙だ。グレードが二つか三つ高いぜ」

 子供っぽくはしゃぐソロモン。ヴィクトルは特に何も感じないのか、腰を下ろすと槍と盾を持ったまま動かなくなった。


 それから五分程待つと女性の職員がワゴンを押しながら部屋に入ってきた。ワゴンの上にはティーポットとティーカップが三つ乗っている。

「失礼します。紅茶をお持ち致しました。二人分必要かどうかお伺いするように言われております」

「どうもありがとうございます。俺一人分で結構です」

 エルドルト行政官はヴィクトルの素顔を見たんだったな。気を利かせてくれたか。こういうのを頭が良い人って言うんだろうな。

 手慣れた様子でカップに注ぐ職員。無駄の無い動きで、カップがソロモンの前へ置かれた。職員は入れ終わると一礼してすぐに退室した。


 異世界の紅茶か。何か緊張するな。

 取っ手を掴み口へ近づけた。中身は濃い紅色。爽やかな香りが漂ってくる。

 飲んだ感想はどうかというと、

「多分甘い感じのヤツなんだろう。うん、まあ……美味しいのかどうなのかよく分かんないわ」

 そもそも元の世界で紅茶なんてほぼ飲まなかったからな。いつもスポーツドリンクか牛乳飲んでたし。いや、同じ銘柄という訳では無いんだろうが。

 それでも出された紅茶は最後の一滴まで飲みきった。

「お待たせしました」

 静かな部屋で寛いでいるとエルドルト行政官が戻ってきた。鍵付きの箱を持っている。


「紅茶はどうでしたか?」

 箱をテーブルの上に置きながらソロモンに感想を求めた。ソロモンは正直に、

「すいません。普段紅茶を飲まないもので」

 感想を求められても困る。察して。

「これを機に色々試してみるのも良いかもしれませんね」

 向かい側のソファーに浅く腰掛け、箱の鍵を開ける。中から取り出したのは紙の束だ。

「では本題へ。まずは件の物件のある場所ですね」

 一枚の紙を広げるのと同時にソロモンは身を乗り出した。

「地図……ですね。レンドンはここですかね」

 ソロモンが一点を指差す。大きな円形の中にいくつかの建物のマーク。レンドンと書かれている。近くには小さな町もしくは村がいくつか。他にも道や森林地帯等が描かれている。


「そうです。で、件の物件はここ。レンドンから南に行った所で、馬車だと二時間くらいの距離ですね」

 エルドルト行政官が指し示す場所とその周囲を確認した。

「ここ山ですよね。山頂に家があるんですか?」

「いえ、山の谷間に平坦な場所がありまして。そこに建っているんです。それと家ではなくて、正確には『城』です」

「城!? ちょっと待って下さい。売りに出されているのって城なんですか!?」

 驚きの表情を隠せないソロモンに、エルドルト行政官は大きく頷いた。


「それなりに大きい城ですよ。山は含まれませんが、麓周辺の土地も含めて売りに出されています。城がある山はアスレイド王国と、隣国のフェデスツァート帝国の国境線になっております。故に売却される土地は帝国側にも存在します。それと城の中に有る物品も全て売却するとのことです」

「いやいやちょっと待って下さいよ。それだと値段が高すぎて買えませんよ!?」

 狼狽えるソロモンに対して、エルドルト行政官は取り乱すこともなく指を三本立てた。

「もしこの城と土地だけでなく、全ての厄介事と契約の全てを引き受けて下さるのならば金貨三枚でお売りします」

 指を一本、ゆっくりと折ってから、

「金貨二枚でお売りしても構いません。貴方の懐にはまだ残っていると思いますが?」

 残っているというのは昨日受け取った盗賊討伐の賞金の事だ。支払い手続きをしたのはエルドルト行政官なのだから、知っていて当然である。


「確かに払えるが……。いやでも……。厄介事って言うのは……」

 怪しすぎるだろぉ。さっき剣を買い取った時の露天商以上に怪しい。この世界の価値観がイマイチ分からない俺でも有り得ないほど安いということは分かる。

「この城には『厄災』が封じられているのです」

「なんだそりゃ? いや良くないモノだと言うのは分かりますが」

 エルドルト行政官は座り直し真顔でソロモンを注視する。


「厄災が解き放たれてしまうと、我が王国と隣国が滅ぶ。としか私も聞かされておりません。最悪の場合は、この大陸に存在する全ての人間が死ぬなんて話もあるとか。厄災の正体が何なのかは分かりませんが、城内は異常現象が頻繁に発生しているようです」

 眉間に皺を寄せ、渋い顔で黒髪を掻くソロモン。

「城と土地の所有者が、監視する役割を担うという事ですね。無論、何かあった際は中心となって行動して頂きます。その代わり買い取った土地を活用して資産を増やすのは構いません」

 真っ直ぐな目でソロモンを見るエルドルト行政官。期待をしているのか、それともダメ元で話を持ち掛けたのかはソロモンには知る由も無い。


「思ってた以上に危険な気がするな。でもどうして俺に売ろうなんて思ったんですかね?」

「何というか貴方は雰囲気が違うのですね。それに隣に居るヴィクトル殿も。今まで解決できずに先延ばしになっていた問題を解決するのは、考え方や価値観、物事の捉え方が異なる人間ではないでしょうか。貴方なら、今までとは違う何か別の『答え』を出してくれる。私はそう考えています。ソロモン殿にこの件を是非お願いしたい」

 部屋に沈黙が流れる。音が消えた時間は五分程。


「売りに出された理由はやっぱり手に負えなくなったからですか?」

 ソロモンの問いに少し考える素振りを見せて、

「そうなりますね。昨年城主が亡くなりました。ご子息の方が全て相続されたのですが、一月足らずで城から逃げ出しまして。元々国の直轄ではなく、王族ではない一族が担っていた役割ということで、後継者を探して売却せよとの命令が出ました」

「ちなみに亡くなられた城主はおいくつで、何年ぐらいその城に住んでいたんですか?」

「確か八十五歳でしたね。相続されてから引っ越したようで、三十年くらい住んでいたようです」

「城から出てはいけないとか、そういう制限は?」

「特には有りませんが、長期的に城を無人にするのは止めて頂きたい。ただ代理を置いておくのは構いません」


 命を削られるような事は無さそうだな。よし覚悟は決まったぜ。

「分かりました。買います。俺が引き継ぎましょう」

 俺には俺の事情ってのがある。厄介事は引き受ける。が、その代わりにこの城は俺が生き残る為に使わせて貰う。リスクは未知数で賭けにはなるが、勝てば他のプレイヤーに対して有利に立ち回れる。

「ありがとうございます。大変、助かります」


 契約書にサインをし金貨二枚を支払う。準備をし件の城へ向かう運びになった。

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