第15話 本館

 勝算は一つ。不死身の相方ヴィクトルで相手が倒れるまで攻め続ける作戦だ。 

 ソロモンは持っていたランタンをエルドルト行政官に預けて剣を握り直した。パニックを起こして逃げ出す者は居ないが、足が震えて動けない者が続出した。


「あの巨大な『イノシシ』と戦う気なのは分かりますが、ソロモン殿は腕に自信がおありですか? 一旦戻って対策を立てるのも手だと思いますよ」


 ん? 巨大なイノシシ?


「『大蛇』以外にイノシシも居るんですか!?」


 あ? この兵士、今大蛇って言ったか?


「ううっ……『クモ』が近づいて来るぅ……」


 えっ!? クモ?


「クソォ! 帝国軍人を舐めるな! 『カラス』風情に後れを取りはしないぞ!!」


 カラスだ!? おいこれって……。


 目の前のワービーストを気にしつつ、頭を働かせる。ワービーストは立ち止まり、こちらの様子を窺っているようだ。

「皆の言っていることがバラバラだぞ」

「確かに。あの魔物はどう見ても虫や鳥には見えませんね。イノシシ以外にそれらしい魔物は見えませんが」


 全員同じ方向を見ている。だがワービースト以外には何も居ないし、ワービーストを見間違えているとは考えられない。

 妙だ。一旦下がって出直した方が良いか。


「ヴィクトル、攻撃を始めろ。悪いがせめて足止めだけでもやってくれ」

 ソロモンが指示を出す。しかしヴィクトルは首を傾げたまま動かない。戦闘態勢を取らなければ、逃げようともしない。

「どうしたヴィクトル。怖じ気づいたのか?」

 ヴィクトルは首を横に振った。ワービーストが居る方を見て再び首を傾げた。


 何だ? ヴィクトルの挙動がおかしい。まるで困っているかのよう……。


「ヴィクトル、お前あの魔物が見えないのか?」

 大きく三回頷く。これが返事だった。

 まさかヴィクトルにだけ見えてないなんて。コイツは人間と同じように視覚があるから見える筈だ。

 何か理由があるのか。ヴィクトルにだけ見えない何かが。

 考えている間、ワービーストは動かない。攻撃する素振りもしなければ威嚇すらしない。


 人によって違う魔物の姿。ヴィクトルにだけ見えない。一向に襲ってこない魔物。


「そうだ、ヴィクトル。お前幻覚を見せる能力とか効かないって話だったよな?」

 大きく頷くヴィクトル。それを確認したソロモンは再びワービーストへ視線を移す。

「となると答えは一つ。あの魔物は幻覚、つまり本物じゃ無い!」

「実際に居るということではないと?」

「そうだ。恐らくだが思った通り、想像した通りのことが起きている様に認識する。そんな仕掛けが有るんじゃ無いかと思う。魔物と聞いて真っ先に浮かぶイメージがそれぞれ違うから言っていることがバラバラなんだ。魔物が襲ってこないのも、本心では襲われたくないと思っているからじゃないかな」

「成る程。この不気味な城内では嫌な想像も膨らむでしょうし、人から異常現象が起きるなんて聞かされれば意識してしまう」

「それが異常現象の正体だ。だから魔物なんていない。よく考えれば天井まで届きそうな大きい魔物なんて、入り口からも窓からも入れないだろ!」


 魔物なんて居ないと心の中で強くイメージする。それは悪い想像を掻き消すように、ポジティブな意識を持つように。

 ソロモンが見ていたワービーストが消え失せた。ガッツポーズのソロモン。


「異常現象なんて所詮こんなオチよ。皆大丈夫だ。気を強く持て」

 ソロモンの激励でパニックは収まってきた。慣れない動きで剣を収め暫く様子を見る。

「流石にこれ以上は無理か。俺はもう少し見て回るから、皆は引き上げてくれて構わないよ」

 この提案に安堵の声が漏れた。ソロモンとヴィクトル以外の全員が来た道を戻っていくのを送った後、地図を取り出す。


「行くぞ。目標は図書室と城主の部屋な」

 二人は再び歩き出した。ランタンの光を頼りに暗い廊下を進んでいく。

 本館は正門館よりも遙かに大きい。個室は正門館よりも少なく、大広間が三つある。調理場に貯蔵庫、大食堂、大浴場と生活に必要な施設は揃っている。

 部屋数は多くないけど、一つ一つが広い。宝物庫や武器庫は中が気になるが明日にしよう。


 地図と実際の城内は同じだ。響く足音と共に地図通りに進めば目的の図書室に着いた。入り口は大きな両開きのドア。押して中に入った。


 内部はすり鉢状で五階分の高さがあるが、四階層に分かれている。吹き抜けになっていて、二階層から上は壁に本棚が並ぶ。

 足場は壁から迫り出しているのでは無く、部屋全体が大きな段差の様になっていて、上に行くほど本棚の数が多くなる形だ。階段で上ることが出来る。

 地階には長テーブルが規則正しく並び、椅子は裏返しに乗っている。背中合わせで島のようになっている本棚もある。


「実際に見てみると圧巻だな。蔵書の数は予想以上だぞ」

 どの本棚にも埃を被った本がぎっしりと詰まっていた。本館のほぼ中央、三階から七階までの空間を占拠している図書室の存在感は、地図の上でも圧倒的だ。

 中はイメージ通りの本の山、一生かかっても読み切れないな。どんな本があるのかは知らないが。


「取り敢えず様子は分かった。城主の部屋を見に行って今日は引き上げよう」

 ヴィクトルは頷きソロモンについていく。

 図書室の階段を上り、本の壁の前を通る。一番上へ辿り着いたら、立ち止まって地図を確認。

 図書室の出入り口は地階に四ヶ所、最上階にも四ヶ所あった。中央の図書室を迂回しなくても、通り抜けた方が早い。

 時計回りに歩いて目的のドアを探す。見つけたドアから出て再び暗い廊下を進んでいく。


 城主の部屋は最上階にあった。扉は埃を被っていても分かる位に凝った意匠が施されている。ドアノブは無く、コの字の取っ手を回して押せば開く仕組みだ。

 地図上では最上階全てが一つの部屋になっている。ファミリー向けマンションの一室のように、入り口が一つで複数の部屋がある。


「手入れが行き届いていれば城主という身分に相応しい内装なんだろうけどね。今はただ広いだけか」

 数ヶ月、もしかすると年単位で人が踏み入らなかったかもしれない。


 入ってすぐの広い部屋は、大窓から差し込む月明かりで照らされていた。ランタンが無くても歩き回れる程だ。

 窓際近くに埃まみれの大きな机が鎮座していた。勿論椅子もセットだ。

「城主が執務で使う机か。お、この椅子肘置き付きだ。埃まみれじゃなければ座り心地最高かもな。ちょっと休憩」

 椅子に座る。埃が舞う。咽せた。

「ひでぇなぁ……。うん? 光ったか?」

 机の引き出しが少し開いている。開けて中を見てみると、古い本と鍵束が入っていた。


 本のタイトルは『封じられた厄災』。


「内容はタイトルから想像したとおりだな」

 ページを何枚か捲り流し読み。ソロモンはすぐに本を閉じた。

「これはエルドルト行政官に話した方が良い。時間も時間だし引き上げるぞヴィクトル」

 鍵束を上着のポケットに入れ本を脇に抱える。二人は部屋を後にした。


 正門館に戻ってきたソロモンはエルドルト行政官に、『封じられた厄災』と書かれた本の事を報告した。内容が気になるのは二人共同じ。確かめる為に本を開く。

 そんなに分厚い本ではなく、読み終わるまでは二時間程。


「厄災の正体、明日見に行こうと思います」

「分かりました。私は帝国にソロモン殿とこの本の事を伝えに行きます」

 今日は解散して休むことにした。 

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