第5話 故郷を離れて

「ここは森の中を通る、舗装されていない一本道といったところか」

 一通り周囲を確認した定樹は左手の手首の腕時計を見た。飾り気の無いシンプルなアナログ時計は午後二時を示していた。


 家を出たのが昼前だから思った以上に時間が経っていたらしい。もしかすると全てのプレイヤーのスタート時間を合わせた結果、感覚がズレたのかもしれない。

「さてどうしたものか……。うーん……」

 見ず知らずの土地に一人で――使い魔が居るが――放り出されたのは人生初だ。

「多分頻繁に人が通る所だろう。道なりに進んでいけば町に辿り着けるかもしれないぞ」

 道なりに進むのなら選択肢は二つ。近くに案内板は無いようだな。


 どちらを向いても建物が有りそうな気がしない。同じような景色が続きそうなひたすら真っ直ぐな道だ。俺は土地勘が無いから考えてもしょうがねぇ。適当に方向を決めるか。

「行くぞヴィクトル」

 ヴィクトルに背を向けた時に、定樹が正面を向いた方向へ歩き出す。紺のカーゴパンツに手を突っ込む定樹のすぐ後ろを、ヴィクトルが無言で付いて行く。

 どれくらい歩き続ければ良いかなんて分かる筈も無く、そもそも町なんてあるのかという疑問が胸の中に溢れてくる。


 人気が無い森の道を歩きながら、今一度頭の中を整理する。

 一つ目の勝利条件の達成を積極的に目指すなら、探し出して殺しにかかるのが手っ取り早いんだよな……。サバイバルゲームって言うぐらいだから、運営側としてはプレイヤー同士で戦うのが基本と考えているのかもしれない。

 所謂プレイヤーキラー。他のサポーターの能力が重要だろう。


 二つ目の国作りは正直無理だと思う。この時代に一から国を作れる日本人なんて居る訳ねーだろ。そもそも最初の領土と国民どうすんだよって話だ。平和的な話し合いで達成できる訳無いし。戦争で分捕るのはリスクが高すぎる。

 全世界にケンカを売る行為など出来ない。既存の国を使う場合は、そもそもどうやって国のトップになれるのかが全く分からない。


 三つ目のチェックポイント到達は何故設定したんだろうな。意味が分からん。この世界がめちゃくちゃ小さくない限り、ヒント無しで五ヶ所見つけるのは無理だろ。

 結局は与えられた能力を使って他のプレイヤーを倒す。これが一番勝利の可能性がありそうだ。


「ヴィクトルがどれだけ強くなるか分かんねぇし。戦いとなると俺は間違いなく雑魚だしなぁ。武道の心得は無いし。ケンカ、殆どしたこと無いし」

 生き残れる気がしない。でも死にたくない。勝負事で手を抜きたくない性分だから、最初から諦めるつもりは無い。だが勝利条件が分かっていてもどう行動すれば良いか分からない。


「運営連中に文句言っても一文の得にもならないしな。生き残る事を最優先に出来る限りの事をする。という方針で動くからよろしく頼むぜヴィクトル」

 振り返った定樹に、ヴィクトルは敬礼をした。

 取り敢えず今は町を探そう。昼ご飯を食べてないからお腹が減ってきたぜ。喉も渇いた。 森に入って探すという方法もあるが、その手の知識はゼロなので不採用。

 町に着いてもお金が無いという問題があるんだがどうしよう。最悪餓死だぞ。クソゲーかこれは。

 現地通貨など持っている訳が無い。財布があれば元の世界の硬貨を見せて「珍しいコインです。換金して下さい」ということが出来るが、財布自体持って出掛けなかった。

 いつもの道を散歩していただけなのに、今は見知らぬ道か。定期テストの勉強の気晴らしだったけど、テストどころの話じゃないよな。


 ゴールが見えない道を歩き始めてから二時間が経過した。

 暑い。町は何処だ。この際小さな村とかでもいいんだ……。

 額の汗を何度も拭いながら、足だけは止めないで進み続ける。

 傾き始めた太陽が空の青さを赤くし始めた頃、道の先に何かの影が現れた。

「あ……。何だあれ……。馬車か」

 道の左側に馬と大きな台車のような物がある。木製の荷馬車だ。


 幌が付いていない荷台に木箱を積みロープで固定している。荷台の木箱も馬車自体も特に壊れてはいない。先頭に繋がれている二頭の馬も怪我をしている様子は無い。動かせそうなのに森の中を通る道の途中で停車している。

「怪我人がいるな……。停車の理由はそれか。ちょっと行ってみるぞ」

 馬車に近づいていった。そこには青ざめた顔で男が二人、地面にへたり込んでいる。片方は血で赤黒くなった脇腹を押さえ、もう片方は左足の太ももから大量に出ている血を止めようとしている。一人、無傷の青年がいたが、片手で持てる大きさの取っ手付きの木箱を抱えて右往左往している。

 辺りの地面には血が撒き散らされていて、流血沙汰がここで起きたのは一目瞭然だ。


「酷い有様だ……。何があったんだ……」

 思わず口を手で覆う定樹を見つけた青年が近づいてきた。

「あ……あの……大怪我をしていて……手当てしようにも勝手が分からず……」

 狼狽える男は涙目で震えた声を出す。定樹とさほど年が離れていない青年だ。

 ナビゲーターが言っていた通り、言葉が理解できるな。ちょっと手を貸してやるか。

「手当を手伝えば良いのかな? 救急箱とかあるの?」

 困っているみたいだし無視出来ないよな。

「ありがとうございます! 治療道具の事ならここに入っています」

 青年は手に持っていた木箱を開けて中を見せる。中身は包帯とガーゼ。小さいスプーンや、目盛りが書かれた計量カップらしき物の他、規則的に並んだ透明な瓶が六本。その瓶の蓋にはラベルが貼ってある。


 見たことが無い文字が書かれている。いやでも読めるぞ。――中身が何なのかを示しているみたいだ。

 腕時計を外して上着のポケットにしまい、腕捲りをしながら目当ての瓶を探す。

「『汎用解毒剤』に『打撲用塗り薬』……。出血しているから消毒液が必要なんだが無いのか。……いやこれか?」

 瓶を一本引っ張り出す。蓋のラベルには『切り傷用洗浄薬』と書かれている。開けてみれば嗅いだことのあるアルコール臭が鼻に届いた。

「これだな、よし。何とかやってみるか」


 初めて見る文字を、当たり前のように理解できるのは奇妙な感覚だな。だが今は怪我人の治療に専念するべきだ。手当に集中しよう。

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