第4話 ソロモンズファミリア

「エェ……。コイツが俺の使い魔……。期待していたのと違う。こういうのでお約束なのは美少女が美女じゃないの? それかドラゴンとか」

 定樹の率直な意見が出た。

「おや? 期待していたのと違ったのは申し訳ない」

 バエルは腕を組みながら周りの悪魔達を見ながら、

「いやね? 美少女路線で行くか美女路線で行くかで論争が起こったんだよ。モンスター娘なんてどうかなんて意見も出た。結果は実用性と性能面を考慮してコレに決まった」

 真面目に説明するバエル。定樹は眉を寄せ、首を傾げて使い魔を見ている。


「我等総出で調整を重ねて完成した『傑作品』だよ。運営からは、『ゲームバランス的にグレーゾーンだが許可する』と認められたんだ」

「余程使い魔の完成度に自信があるらしいな。おっ?」

 使い魔が動きだした。緩慢な動きで定樹に近づいてくる。

「物みたいな言い方をしている理由は分かる。生き物じゃないもんな。……どう見ても性能が高いとは思えないんだよなぁ。だってコレは量産型のザコモンスターとして、ゲームとか創作物じゃ割と有名なヤツじゃん。いや中ボスクラスも居るけどさ。あくまでも良くて中ボスくらいのステータスでしょ?」


 使い魔はガイコツだった。学校の理科室に高確率で置いてある『人体の全身骨格模型』そのままだ。


 身長は百五十センチ程。それが支えも無く二本足で立っている。筋肉が付いていないのに人間と同じように歩き腕も動かす。服を一切着ておらず肋骨の隙間から反対側が見える。骨の色は少しくすんだ白。細い指の手には何も持っていない。

 使い魔は定樹とバエルの前で立ち止まり、二人に手を振った。

「創作物でよく登場するモンスターの『スケルトン』か。もしくは『スパルトイ』か。どちらせよ強いイメージが全く無い……」

 動く使い魔を満足そうに見ているバエルの隣で、定樹は肩を落とす。


「スケルトンだ。所謂『アンデットモンスター』の一種だな。定樹が言うように他者と戦う力は弱い」

「そうだろうなぁ。創った奴が弱いって認めちゃったよ。何処が傑作品なんだか」

「コイツは人間と同じで五感で周囲を認識していてな。喋れないが言葉はしっかり通じるから指示出しは大丈夫だ」

「明らかに目と鼻と耳が無いがそういう仕様か?」

「仕様です」

 半笑いで返すバエルに、定樹は思わず吹き出しそうになった。


「スケルトンが生き物では無いという点に着目してくれ賜え。食事や水分補給をする必要が無いだろう? 燃料補給が要らないということだな。疲労もしないから活動時間に制限は無い。年単位で休み無く動き続けることも可能だ」

「食費が掛からなくて動き続けるのは良いかもな」

 スケルトンは骨の指でピース。

「更に損傷を受けても短時間で自己修復する機能を標準装備している。自己修復には資材が不要だし無制限だ。木っ端微塵になっても勝手に元に戻る。つまり維持費が掛からない」

「そりゃすごいな」

 腕を組むスケルトン。


「病気に罹らないし、毒だって効かん。更に睡眠をしないし、活動できる環境も広い。灼熱の暑さも地獄の寒さもなんのそのだ。主の状態に関わらず独立して動くからな。寝ている間も動き続けるぞ!」

 バエルの声が大きくなっていく。その横で定樹は小さく頷きながら、動くスケルトンを目で追っている。

 スケルトン石材の床を走り始めた。床を打つ音が響く。


「手間が掛からない楽すぎるメンテナンスフリー! とっても懐に優しい最強のコストパフォーマンス!! 一応感情というか意志みたいなモノはあるんだが、精神攻撃や幻覚を見せる能力は効かない。基本的に絶対服従だしある程度は自己判断で動ける。ご機嫌取りや食事代の心配をしなくてはならないであろう、美少女型や美女型やモンスター娘なんて、足下にも及ばないね!! 勿論ドラゴンにもだ!!」

「バエルのテンション上がってんな。スケルトンの出来に自信があるらしいのは、説明を聞いてよく分かった。でもなぁ。確かに話を聞けば納得だよ。『便利な使い魔』であることは認める。でも弱いんでしょ? それだとなあ」

 定樹の意見に対して、自信満々な顔から不気味な笑みを浮かべるバエル。


「先程説明した非生物の特性も強みだが、経験を積めばコイツの判断力や反応速度は向上する。一番の強さは『拡張性』なんだよ。言い替えれば『ある程度状況に合わせた段階的な強化』だ」

「えーっと……要は最初は弱いけど後々強くなるって事でいいの?」

「その通り。私はベースとなるスケルトンの提供。他の悪魔は一回ずつの強化を行う。つまりこのスケルトンは、ここから最大で七十一回強化される。ゲームバランスの事もあっていきなり大幅に強くはならないし、連続して強化とはいかないがね」

 走り回っていたスケルトンは、定樹の正面で立ち止まり正対すると無言で敬礼。

「サポーターが与える特殊能力が、異世界でどれ程役に立つのかは正直な所誰も分からないのだ。運営本部ですらそうらしい。サポーター側のルールとして、後出しで能力の追加は基本的に認められていないんだが我々はグレーゾーンでね。定樹を直接強化をしないとか、使い魔の強化のタイミングや内容にいくつも条件を付けてギリギリだった」


 定樹は手入れがされていない黒髪の頭を掻きながら、

「ゲームバランス、ね。……分かったよ。一応、期待しておく」

 スケルトンは十七歳の健全な少年の多くが一度は思い描くであろう、ファンタジーな使い魔――美少女や美女、或いはモンスター娘やドラゴン的なヤツ――からはかけ離れていると思う。居ないよりはマシと考えよう。

「上手いこと使ってくれよ。それと名前を付けてやってくれないか? 呼び名がスケルトンだとちょっと格好がつかないからな」

「そうだな。名前か……」

 手を下ろし気をつけする使い魔スケルトン。

 五感で周囲を認識しているのならば、俺を見ていたのだろう。観察していたのかもしれないな。


「このゲームは勝負事だよな? それじゃあ……縁起を担いで……」

 顎に手を当てて、頭の中の図書館を走り回る。

「そうだ! 『ヴィクトリア』なんてどうだ? 確か勝利って意味があったハズだ」

「良いと思うがそれは女性に付ける名前でもあるだろう? 男性の骨格として造ったんだがな」

「スケルトンに性別は無いだろうけどな。でもちょっと変えるか。そうだな……男性ならば『ヴィクトル』だよな。それでいいかな?」


 使い魔スケルトンに定樹は聞いた。返事は無いが両手の親指を立てた。

 納得していると捉えて良いのだろうか。実は納得していないのかもしれないが。


「じゃあよろしく頼むよスケルトン・ヴィクトル」

 ヴィクトルと名付けられたスケルトンの使い魔は、定樹に骨だけの右手を差し出してきた。定樹はその手を握った。

「骨だけだと握りづらいな。意外にザラザラしてるぞ」

 説明が終わった所で、運営に不要な所持品を預けた。預けたのはスマホと家の鍵だ。

 どちらも異世界では使い物にならないだろうと考えたからだ。

 その間にヴィクトルはバエルが用意していた服を着る。

 服は茶色い上下。袖と裾は長め。靴は革製。顔が殆ど見えないくらいのフードにボタン付きの白い手袋。異世界の人間が大騒ぎしないように、露出を極力しない配慮だった。


「準備が整ったようだな。それでは送りだそう。スタート時間はすべてのプレイヤーが同じだ。現地に着いたらゲームスタートとする」

「ああ。いいぞ」

 ナビゲーターの最終確認に短く答えた。それを聞いたナビゲーターが指を鳴らすと、周囲の景色が歪んでいく。

「定樹、お前は『現代のソロモン王』だ。現地ではソロモンを名乗るといいぞ。どれだけの年月が経っても、必ず生き残れ! そして勝て!!」

 激励の言葉に、返すことができる時間は無かった。


歪み、ねじ曲がった景色が元に戻るのに時間は掛からなかった。そこには行き交う人々で賑わう休日の都会の喧騒は無い。石柱が並ぶ建物の中でもない。

 土の上。踏み固められ雑草は殆ど生えていない。周りには森。空に浮かぶ雲は無く、心地の良い太陽の光が青空から大地に降り注いでいる。

 天を仰ぐ定樹の隣には、紫外線対策が完璧な格好の使い魔ヴィクトルが立っていた。


「現代のソロモン王って何を言っているんだあの悪魔は」

 思わず小さな笑いが出た。


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