第2話 ルール

 これは夢でも幻でも無いのか。有り得ないことだが現実なのか。

「……分かったよ。やればいいんだろ、やれば……」

 歯を食いしばり小さな声を出す。ナビゲーターは無表情だが、王族風の男は笑みを浮かべている。


「ではルールを説明する。まず参加者をプレイヤーと呼ぶ。プレイヤーは九人。途中参加は無し。棄権も無し。舞台はとある異世界。プレイヤーの初期配置はランダムで、九人同時に転移してスタート。異世界人とは言葉も通じるようにするし、読み書きも出来るようにする。コミュニケーションの心配はしなくてよい」

「まあ意思疎通が出来なきゃゲームにならないからな」

「元の世界と舞台となる異世界の時間は同じだけ進む。例えばゲーム終了まで三年掛かれば、帰ってくるのはプレイヤーが消えてから三年後の元の世界となる」

 リアルタイムかよ。ていうか何年も掛かるゲームなのか。

「一刻も早く帰りたいなら短期決戦だろう。特に気にしなければ長期戦でもいい。この辺はプレイヤー次第だろう」

 王族風の男が口を挟む。睨みつける定樹。

「プレイヤーは老化をしない。つまりこれは、実質時間無制限のゲームだということである」

「老化しないなんて人類の夢を娯楽の為に使うなよ。そして時間制限を設けろよ。何年やらせる気なんだ?」

 時間制限があれば適当にやって終わりまで待つんだが。

「意見は聞き入れない。勝利条件は三つ。一つ目は自分以外のプレイヤー全員の死亡だ」

 無視か。ふざけてんな。


「どのような理由と経緯で死亡したかは一切問わない。自ら手に掛けても良い。他のプレイヤーが死ぬのを待ってもいい。復活は無し。死ねば死体だけが元の世界に送り返されることになる」

「要は生き残れということだ。なにしろこれはサバイバルゲームだからねぇ」

 王族風の男が補足を入れる。定樹は唇を噛んだ。

「死んだら……本当に終わりなのか……」

「そうだ」

 顔が真っ青になった定樹には気にも留めずに、ナビゲーターが短い返事をした。

「病気に罹る可能性はある。首を落とされたり心臓を突かれたりすれば死ぬ訳だから、他のプレイヤーがヘマして自滅するのを待つのも一つの作戦だぞ」

「史上最低のクソゲーだな。責任者出てこいよ」

 ナビゲーター、眉一つ動かさないのが癪に障る。


「勝利条件の二つ目は、『全ての土地を領土とする国家を建国し、その国の支配者になる』だ」

「国作りか……。向こうの世界には人間が居るんだな?」

「ああ居るよ。国だっていくつもあるんじゃないかな。どんな様子かは知らないがね。舞台となる異世界がどういう所かは、運営ですらよく分かっていないとのことだ。我々の世界と環境などが非常に良く似ているらしいとは聞いたが」

「よく分からん異世界に放り込もうとするんじゃねーよ。雑か!」

 王族風の男がゲラゲラ笑い出した。

「補足する。国家の支配体制は問わない。肩書きは何でもいい。国王でも首相でも独裁者でも構わない。『領海』、『領空』、『何処の国にも属さない島』は条件外とする。但し一から国を創る場合は、建国から四年以上経過し、期間の半分以上が支配者の立場であれば達成とする。既存の国を使う場合は、全ての土地を領土にした後、一年以上経過すれば達成とする。どちらの場合も肩書きが途中で変わっても良い。恐らく事情が複雑化すると予想しているので、国家がどちらの条件に該当するかは運営側のジャッジとする。誰かが達成した時点でゲーム終了となり、達成したプレイヤーを勝者とする」

定樹は唸り、首を傾げながら反芻する。

 二つ目は意外にややこしいな。


「三つ目の勝利条件は五ヶ所のチェックポイントに到達すること、だ。チェックポイントが何処にあるかはノーヒントだが、到達すれば分かるようになっている。最初に五ヶ所全てに到達した者が勝者となり、ゲーム終了だ」

「なんだそりゃ? 意味が分からん。謎解きをしろというなら分かる。でもヒント無しで行けっていうのはどういうことなんだ?」

「その質問には答えない」

 首を傾げる定樹。王族風の男は無言で定樹を見ている。

 いい加減殴りたくなってきたぞこいつら。肝心な所が分からないとどうしようもないだろうが。

「勝利条件の説明は以上だ。次はゲーム終了時の対応について説明する。勝者は一人だけだ。勝者には報酬を与える。どのようなものかは勝者が決めていい。内容の相談には応じる。今決める必要は無い。ゲーム終了時に生き残っていたプレイヤーは、全員元の世界に送還する」

「勝者は一人だけか」

 多分プレイヤー同士が協力するのを防ぐ為かもな。

 腰に両手を当ててナビゲーターと王族風の男を交互に見る。


「勝利条件については以上だ。次はペナルティーについて説明する」

「ペナルティーがあるのか」

「ペナルティーは特になしだ」

 こいつの頭かち割ってやろうか。

 腰に当てた手を強く握りながら実現不可能な事を考える。

「舞台となる世界では何をやっても構わない。それは向こうの神様達も了承している」

「えっ!? 予想外の発言が出たぞ。別の世界の神様ってなんだ!?」

「詳しくは知らないが協賛してくれているってことらしい。この辺は気にせずにゲームに集中してくれ」

 迷惑のスケールが違う。碌な神様じゃねぇのは確実だな。

「無論、舞台となる世界の法に触れることもあるだろうが、運営サイドからは特にペナルティーは無い。元の世界で罪に問われることも無い」

「テキトーだなぁ」

 呆れる定樹に王族風の男は小さく笑う。


「運営からは如何なる場合も物資の供給は行わない。今所持している物品に限り、ゲームに持ち込み可とする。ゲームに使用しない物品に関しては、申し出てくれれば開始前に運営側が預かる。終了時に全て返却するが、ゲーム中の預かりや返却は一切不可とする」

「初期装備の支給ぐらいしてくれよな。このゲームに参加させられるなんて思ってないんだからさ。準備なんて何一つしてねぇよ」

「全てのプレイヤーが同じ条件だ」

 抗議は一蹴された。定樹は黒髪の頭を掻く。

「強制参加させられた時の各自の持ち物が違うから差が出ると思うんだが」

「では次に」

 眉間に皺を寄せる定樹を完全に無視して、ナビゲーターは指を鳴らした。反対の手に筒状の焦げ茶色の容器が音も無く現れる。その容器には白い棒が差し込まれていて、棒の先だけ出ていた。


「神社で似たような物を見たことがあるな。それ、もしかしてクジ引き?」

「そうだ。一本引け」

「いや何のクジだよ?」

「その質問には答えない。一本引け」

 ナビゲーターは筒を差し出す。少し傾けて引きやすい角度にした。

「説明しろよな……。あれ? 五本しかないけど。他のプレイヤーが引いたって事?」

「そうだ。既に四名が引いた」

「そうかい。じゃあ適当に引くか」

 深く考えずに手を伸ばす。一本取り出して容器に隠れていた側の先端を確認する。


 棒の先端にはマークが描かれていた。それは白く塗られた正方形で、中には黒い十字の線が丁度四分割する形で書かれている。

 隠れていた先端の方を下にして正面から見ると、左上は黒い獣の頭が二頭、互いに背を向けるような向きで描かれている。右上は縦に描かれた杖に、刃を上にして斜めに交わった剣と斧。

 左下は放射状の線が付いている、歯車のような形の円の中に三日月。右下は鳥居に似た形の中心に盾。盾には五角の星が描かれている。

「何だろ。何かの紋章に見えるけど」

「私にも見せてくれるかね?」

 返事を待たずに王族風の男が覗き込む。

「コレ、何?」

 定樹の問いに王族風の男は顎に手を当てて、

「初めて見るな。フム……。左上のは獣に見えるが片方はドラゴンかな。角や鱗らしき物がある。その隣は単純に武具だろう。武具の下は盾かな。左隣は太陽の中に月が入っているように見えるが……日蝕のことか?」

 王族風の男は真剣な顔でマークを見ている。


「ナビゲーター、これは何のマークなのかな?」

 定樹の質問にナビゲーターは無表情で、

「その質問には答えない」

「またかよ。うんざりだ」

 ナビゲーターが指を鳴らす。直後、定樹の左手の甲が小さく光ってクジに描かれていたマークが浮かび上がってくる。

「特に痛みや違和感は無い筈だ。普段は見えないが、確認しようと思えば見えるようになる」

 左手の甲に浮かび上がったマークが消える。クジが入っていた容器は何時の間にか消えていた。

 全く意味が解らない。何で説明しないんだよ。

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