第26話 地震【H】
【ソフィ視点】
更衣室を出た後。
私達は隣の施術室に案内されました。カーテンで仕切られた部屋。中央にベットを拵え、その空間を数本のキャンドルが淡く照らしています。
「⋯⋯綺麗」
思わず口から言葉が漏れてしまいます。それほど幻想的で、美しい光景でした。
「気にいっていただけて良かったです。では施術に入りますので、皆様ベットにうつ伏せで寝て下さいませ」
クレアさんに促され、ベットに寝転がります。シーツからも花のようないい香り。体がリラックスしていくのを感じます。
「はい結構です。まずは当店特製のオイルを塗らせていただきます」
クレアさんの言葉に続いて、背中に冷たい液体が落ちていくのを感じます。
「では、失礼します」
「⋯⋯ん」
⋯⋯どうしましょう⋯⋯思わず声が漏れてしまいました。
恥ずかしさに体が熱くなるのを感じました。聞かれていたらどうしましょう。
しかしそんな不安はすぐに消え去りました。
「んにゃあ!く、くすぐったいです⋯⋯!」
「お客さん若いですからねぇ。全然凝ってないですねぇ⋯⋯」
隣のベットカコちゃんの笑い声と店員さんの困ったような声が聞こえてくる。
⋯⋯あれだけ騒いでいれば、私の声は聞こえていないはずです。きっと。
一方のリンカさんは特に声も出さず、目を瞑ってリラックスした様子です。
「⋯⋯」
「お客さん、肌綺麗ですね~。以前もエステとか行かれてました?」
「⋯⋯いいえ、今日が初めてよ」
カコちゃんとは違う大人な会話。
私もいつかあんな風にクールに受け答えしてみたいものです。
クレアさんの手が私の背中に触れ、オイルを全身に塗り込んでいきます。思わず眠たくなってしまうぐらい優しい手つき。これが熟練の技というものなのでしょうか。
「そういえばあの子達はどこにいるのですか?」
「子供達は奥の部屋で休ませています。施術中はお客様のご迷惑になりますし、何より構ってあげられませんから」
「そうですか⋯⋯」
「⋯⋯あの子達には、父親がいないんです」
やっぱり⋯⋯。
薄々感じてはいましたが、クレアさんはシングルマザーだったのです。
「夫は小さな宿屋を営んでいました。しかし数年前、魔物が旅人を襲うようになり宿泊客は激減。資金に困った夫は必死に働きましたが無理が祟って⋯⋯」
「⋯⋯」
「夫が亡くなり、私には借金が残りました。借金を返すためにマッサージ屋さんをしていますが⋯⋯中々上手くはいきませんね」
彼女はきっと苦労をしてきたのでしょう。
旦那さん亡き後、幼い子供達を守るために1人戦ってきたのでしょう。その苦労は到底私ごときが理解できるものではありません。
「すみません、面白くない話をしてしまって⋯⋯」
「いえ⋯⋯」
こんな時、どんな言葉をかければいいのでしょうか⋯⋯私には分かりませんでした。
「あっ!」
重苦しい雰囲気を感じたのか、店員さんの1人が口を開きます。
「そういえばさっきの男の人もいましたけど、どなたかの彼氏なんですかぁ?」
「えっ?」
「ええっ!?」
「はっ、はあ!?」
「あらあらぁ!顔真っ赤にしてぇ!お姉さん可愛いわねぇ!」
店員さんのからかいにリンカさんは思わず顔を上げます。
「ち、ちが」
そう彼女が否定しようとした時でした。
突然、ベットが大きく揺れました。身動きが取れないほどの大きな揺れ。オイルを入れた瓶が床に落ち、ガラス片をまき散らしました。
「な、なんですか!?」
「地震です!落ち着いて!すぐにおさまります!」
必死にバランスを取りながら、クレアさんが叫びます。
その言葉を信じ、ベットにしがみついていると。
少しずつ揺れが小さくなり、まもなく完全に沈静化しました。
「⋯⋯お、収まった」
リンカさんが呆然とした様子で呟きました。恐らく初めての経験だったのでしょう。私も文献で読んだことがあるぐらいで、実物はこれほど強烈なことは初めて知りました。
「皆さんっ!お怪我はありませんか!」
「は、はい。びっくりしましたけど大丈夫です」
「そうですか⋯⋯良かった」
胸をなでおろすクレアさん。他の店員さん達も立ち上がり、割れた破片などを集めたりしています。迅速な対応。もしかしたらよくあることなのかもしれません。
そんなことを考えていると。
勢いよくドアが開かれます。
「みんな!大丈夫か!?」
そこには息を切らせたヴォルクさん。額に浮かぶ大粒の汗を拭っています。
⋯⋯心配してくれたんだ。
彼の必死な様子を見て、胸の辺りが温かくなるのを感じます。嬉しいというのはこういう時に使うのでしょう。
ヴォルクさんと目が合います。安心したのか少年のようにはにかむ彼。
⋯⋯だったのですが。
「っ!ちょ、皆、その恰好⋯⋯!」
突然顔を赤くして取り乱し始める彼。
恰好?
とっさに視線が下に向きます。
そして理解しました。
⋯⋯そこにはオイルによって透けた私の体があったのです⋯⋯!
まさか見られて⋯⋯!
「きゃあああああ!!!」
溢れんばかりの羞恥を感じながら。
私には体を隠して、悲鳴を上げることしかできませんでした。
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