第24話 砂漠の兄妹 【h】

「ジュン、サリア!あんた達なんてことをしてくれたの!」


 部屋中に怒号が響き、思わず俺も背筋を伸ばしてしまう。


 目の前には正座させられた2人の子供達。2人の前には腕を組んだ女性が鬼の形相で立っていた。


 リンカ達と合流した俺達。そこで待っていたのはカコに捕まった財布泥棒の兄妹であった。


 そしてここはその兄妹の家。今、絶賛母親から説教中なのである。


「だって⋯⋯」


「言い訳無用!まずはそのお嬢さんに謝りな!」


「⋯⋯」


「お、お兄ちゃん⋯⋯謝った方がいいよ⋯⋯」


「⋯⋯」


 母親とサリアから謝罪を促される。しかしジュンは納得がいかないのか、下を向いて押し黙ったままだ。


「ジュンっ!」


「お、お母さん⋯⋯あたしは気にしてないので!」


 流石に不憫に思ったのかカコが母親に声をかける。すると威圧的であった態度は一転、女性はぺこぺこと頭を下げだした。


「息子たちがご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございません!子供にはきつく言い聞かせますので!」


「そうは言ってもこちらは貴重な時間を使ってしまったんですよねぇ」


「リンカさん!そんな言い方⋯⋯!」


「事実じゃない。私達は写真の魔物の情報収集をしていたのよ。こんなところで道草くってる場合じゃないのよ」


 きつい言い方ではあるが、リンカの言い分にも一理ある。魔物を討伐するためには少しでも情報が欲しいところだ。


 しかし実際問題、手詰まり感も否めない。果たしてこのまま聞き込みだけで魔物の情報が集まるのか?少し自信はない。


「お、お母様。少しよろしいでしょうか?」


「クレアとお呼びください⋯⋯なんでしょう?」


「私達、この写真の魔物を探してトロピアスに来たんです。何かご存じのことはありますか?」


 そう言ってソフィはクレアさんに写真を見せる。


「⋯⋯うーん」


「些細なことでもいいんです。何かご存じじゃありませんか?」


 ソフィが尋ねた時であった。


「邪魔するぜぇ!」


 家の扉が大きな音を立てて、乱暴に開けられる。開かれたドアからいかつい男達がぞろぞろと入ってくる。


「あっ⋯⋯」


 サリアがクレアの後ろに隠れる。その表情は怯え切っていた。


 ⋯⋯どうやら彼らは招かれざる来客のようだ。


「んん?先客か?すまねぇなぁ、すぐ終わるからちょっと割り込ませてくれや」


 長身のスキンヘッドの男が一歩前に出る。どうやらこの男がこいつらのリーダーのようだ。


「で?2回期間延ばしたけどぉ、準備できたかぁ?」


「⋯⋯す、すみません!お金はもう少しだけ待って下さい!必ず、必ず用意しますから!」


 スキンヘッドの前で床に頭をこすりつけるクレアさん。


 ⋯⋯事情は分からないが、どうやら彼女は彼らに金を借りているようだ。


 もしかするとジュンがカコの財布を奪ったのも⋯⋯。


 そんな彼女を見下ろしながら、男は息を吐いた。


「⋯⋯ねぇ、わかってる?こっちもビジネスなんだよぉ⋯⋯ずべこべ言わず払えやコラァ!!」


「すみません!すみません!」


「ちっ!!」


 脅迫しても金が出てこないと分かったのか、スキンヘッドは腹立たしげに近くの椅子を蹴り上げる。緊迫した雰囲気。いつでも抜刀できるように、剣に手を伸ばす。


「⋯⋯んん?」


 男の血走った目が、サリアの姿を捉える。そして口元を歪ませる。


「そうだな⋯⋯支払い、もう一度だけ待ってやる」


「ほ、本当ですかっ!?」


「ああ本当だぁ⋯⋯その代わり」


 大股で詰め寄り、サリアの腕を掴む。


「こいつを貰っていこうかなぁ!」


「いやああああ!お母さん!お母さん!]


「そ、それだけは!子供達だけはやめて下さい!」


 必死に男の足に縋りつくクレアさん。しかし相手は大の男。力の差は歴然だ。


「ババアに用はねぇんだよ!離せ!」


「ああっ!」


 乱暴に振り払われてしまう。


「行くぞお前ら」


「ヴォルクさん⋯⋯」


「分かってる」


 あまり干渉すべきではないかれしれないが、これは立派な誘拐。


 止めようとした時であった。


「待てよ!」


 ジュンが男の前に立ちふさがる。


 手には小さなナイフが握られていた。


「⋯⋯ああ?」


「サ、サリアを離せ」


「クソガキの命令をなんで俺が聞かねぇといけないんだぁ?⋯⋯とっととどけよ!」


 ジュンの顔面を蹴り上げようと足を振り上げた。


 もう見ているのはできない。


「⋯⋯っ!なんだてめぇ!部外者は引っ込んどけ!」


 蹴りを止められて動揺したのか、男が焦ったように叫ぶ。


「そうしているつもりだったんだがな。流石にやりすぎだ。その娘は置いていけ」


「うるせぇ!一般人はぶん殴るぞ!」


 スキンヘッド男は顔を真っ赤にしている。しかし殴り掛かろうにも足をホールドされている。バランスをとるのに必死で、殴りたくても殴れないだろう。


 ふらつく男に、カコが近付いていく。


 何をする気だろうか?


「お兄さんは一般人じゃないです!強い強い王宮騎士団の騎士なんですよ!」


 どうだ凄いだろう!


 そう言わんばかりのドヤ顔をするカコ。


 ⋯⋯そこでそのカミングアウトする?


 今は違うし、そもそもトロピアスでその肩書って効力あるの?


「⋯⋯っ!?あの有名な騎士団の!?」


 スキンヘッドが驚いたような声をあげる。


 どうやら効果があったようだ。


 足を離すと、男はそそくさと入り口へ移動する。


「⋯⋯ちっ!行くぞお前ら!」


 そう言って家から出ていってしまった。


「サリア!」


「お母さん!」


 サリアがクレアさんに駆け寄る。どうやら俺が男と話している間に3人が保護してくれていたようだ。抱き合う2人を見て、安堵の息が漏れた。


「ありがとうございます!なんて御礼を言えばいいか⋯⋯!」


「いいえ!困った人を助けるのは当然のことですからっ!ねっ!お兄さん!」


「あ、ああ⋯⋯」


 近い近い!!!


 加えてその服装!⋯⋯胸元緩いから見えそうなんだよ⋯⋯何がとは言わないけど!


 嵐が去り、張り詰めていた空気も少しずつほぐれていく。


 そんな空気の中。


 ただ一人、ジュンだけは不服そうな顔をして立っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る