第19話 討伐依頼

 ダンテが帰ったその日の夜。


 俺達4人は屋敷の食堂に集められていた。どうやらミステリアさんからの呼び出しのようで、昼リンカが俺を尋ねたのもこれを伝えるためだったようだ。こちらも聞きたいことがあったし、ちょうどいい。


「いやーごめんごめんっ!今日出た新作の漫画が面白くてさぁ!」


 頭を掻きながら張本人がやってきた。口では謝っているが、反省はしていない。まさにそんな態度だ。


「ちょっと!こんな遅くに呼び出しといて遅れるってどういうことよっ!」


「うぅ~、ねむいです⋯⋯」


「カコちゃん、もう少し頑張ってね」


「ごめんごめん!その分早く終わらせるから許してちょ!」


 ケラケラ笑いながら椅子に腰かけるミステリア。そして咳払いをして、口を開く。


「実はね、うちに魔物の討伐依頼が来ててさ!君達に行ってきてほしんだ」


「行くということは、シルニフィア領の話ではないということですか?」


「そう、依頼が来たのはここさ」


 手元に置いていた地図。ミステリアの指が、シルニフィア領より南の領域を指し示した。


「砂漠の都、トロピアスさ!」


「トロピアス⋯⋯?」


 聞いたことのない名前だ。ぼかんとしていると、ソフィが耳打ちしてくれた。


「砂漠内に作られた自由国家です。一つの街ぐらいの小さな国ですが、貿易が盛んなことで有名なんです」


「あ、ああっ、ありがとう!よく分かったよ!」


「そ、そうですか?なら良かったです」


 ⋯⋯あ、危なかった。


 耳打ちは反則だろ。温かい息がこそばゆいし、何より⋯⋯ちょっと変な気分になってしまう。しかしここで鼻血でも出そうものならどう思われるかわかったもんじゃなかった。よく耐えたぞ、俺!


「そこ~、いちゃいちゃ終わったかなぁ?話続けるよ~⋯⋯そこから送られてきたのがこの写真さ」


 ミステリアは一枚の写真を机に置く。


 ⋯⋯?なんだこれ?よく分からんな。もう少し近くで⋯⋯。


「⋯⋯!」


 写真に顔を近づけようとした時。一本の腕が俺の前から写真をかすめ取っていた。その方向へ顔を向ける。


 そこには真剣な眼差しで写真を見つめるカコの姿があった。写真を持つ手には握り潰しそうなくらい力が入っていた。


「⋯⋯カコちゃん?」


 心配そうにソフィは声をかけると、カコは我に返ったように笑顔を浮かべた。


「あ、ごめんなさい!よく分からなかったのでつい!だんちょー、これ随分大きな魔物ですね!これは野放しにできませんっ!」


「魔物⋯⋯?」


 カコが手放した写真をじっと見つめる。


 洞窟のような場所。写真にうつる4本の脚。これだけなら動物の可能性もあった。


 しかし目を引いたのは、その脚から生えた長い爪。子供の背丈ぐらいはあるんじゃないか、これ。


「そう!民の平和な生活を脅かす脅威は取り除く!それが騎士団の役割さ!⋯⋯それにこの魔物討伐したらお金もらえるんだよね、それも結構な額」


「最後の一言で台無しよ」


 これまで黙っていたリンカが呆れた口調でツッコミを入れる。


「ま、まぁ明日から早速向かってもらうから!よろしくね~!」


「ちょっと待ちなさい。私行かないわ」


「⋯⋯えっ?」


 リンカの衝撃発言に流石のミステリアさんも驚いたのか目を丸くする。


「えっ、なんでっ!?」


「当然じゃない。誰が好き好んでそんな砂漠に行くもんですか。暑いし、日に焼けるじゃない」


「おいリンカそんなわがまま⋯⋯!」


「うるさいわね!とにかく行かないから!行くならあんたら3人で行きなさい!」


「えー⋯⋯」


 どうやら相当トロピアスに行きたくないようだ。しかし理由が理由だ。ここでサボらせる訳には⋯⋯そうだ。


「リンカ」


「何よ?」


「そういえば前の決闘の時お前言ったよな⋯⋯なんでも言うこと聞くって」


「えっ⋯⋯まさかあんた⋯⋯!」


 どうやらリンカもこれから起こることが理解できたようだ。


「ここで使うぞ!リンカ、トロピアスに来いっ!」


「ちょ、何もここで使わなくても⋯⋯!」


「おっ?それともなんだ?あれは嘘だったのか?」


 自分でも中々うざい絡みをしているのは百の承知だ。だかリンカにはこれが一番効くはずだ。


「⋯⋯っ!上等じゃない!行ってやろうじゃない!」


 ⋯⋯作戦通り。リンカのプライドの高さを利用したこの策略。我ながら上出来だ。


「よーし!じゃあ出発は明日!頑張ってね~!」


 この好機を我が団長が見逃すはずはない。リンカの気分が変わらないうちに急いで会議を終わらせてしまうのだった。





 

「あ、あのミステリアさん」


 自部屋に戻ろうとするミステリアさんにソフィが声をかける。


「ん?どしたのソフィちゃん?⋯⋯はっ、まさか夜のデートのお誘いかな!?」


「違います」


「即答っ!?」


「⋯⋯」


「⋯⋯分かってるよ。お姉さんは私が責任を持って面倒見るよ」


「ありがとうございます!」


「構わないよ、私もそうしたいから。じゃあおやすみ」


「おやすみなさい」


 食堂から出ていくミステリアさんにソフィは頭を下げる。


 話を聞く感じ、やはりミステリアさんとソフィのお姉さんはなんらかの接点があったみたいだ。それは任務中にソフィに聞いてみよう。


 ⋯⋯しかしそれ以外にも気になることがあった。


「⋯⋯」


 もう話し合いは終わったのに、席を立たない2人。カコは写真を凝視し、リンカは物思いにふけっているのかぼんやりと虚空を見つめていた。


「2人とも、どうかしたのか?」


「お、お兄さん!?な、なんでもないですよ!?」


「そ、そうよっ!いきなり話かけてくんなこの変態!」


「ひ、ひどい⋯⋯」


 心配で声かけただけなのに、なぜ変態と罵られないといけないのか。


 ダメージを負った俺のことなどつゆ知らず、リンカが席を立ち、食堂を出ていった。


 その時、俺は気づかなかった。


 リンカが出ていく直前、つぶやいたことを。


「大丈夫よ⋯⋯私はもうあの時の私じゃない⋯⋯」



 

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