第16話 炎上砦と初勝利
【リンカ視点】
何が起きているの⋯⋯?
突然の出来事に、私は呆然とすることしか出来なかった。先ほどまで下劣な視線を向けていた男達も火災に慌てふためいている。
「おめぇら取り乱すんじゃねぇ!落ち着け!」
ボスと呼ばれた大男が声を荒げる。
しかし数十人がパニック状態で喚き散らしているのだ。このゴリラ男の命令は部下たちの悲鳴や怒号にかき消されていた。
それよりも。
こいつらが混乱している今なら逃げられる。
この格好に恥ずかしさを覚えていないわけではないけど、背に腹は代えられない。山を下りさえすればこっちのものだ。
そう考え、足音を忍ばせて逃げようとした時であった。
「ボス!」
部下の1人らしき男が筋肉男に駆け寄る。
半裸姿が多い山賊には珍しく、汚れたフードを被っている。
「なんだこんな時にっ!?」
「落ち着いて下さい!消火の準備が整いました」
「なんだと!?」
「今私を始め数名が近くの川に水を汲みに行くとともに、混乱の収束を図っています。ですのでしばしお待ちを」
⋯⋯そんな。
まさかこの状況で冷静に消火活動できる奴らがいるなんて。
それに混乱も少しずつだけど本当に鎮まりつつある。
これじゃ逃げてもすぐにまた⋯⋯!
「おおっ!よくやったな!」
「ありがとうございます。消火活動の導線を確保するために一時的に門を開けておりますがよろしいですか?」
「構わん構わん!それにしてもよくやった!褒美をくれてやろう!何がいい?」
「そうですね⋯⋯では」
フード男の顔がこちらを向く。
「あの娘、少し味見してもよろしいですか?」
「ひっ⋯⋯」
思わず声が漏れた。
怖い。
男が向けてくるあの嘗め回すような視線が、怖い。
「ん?まぁいいだろう。ただし怪我とかはさせるなよ」
「分かってますよ」
近づいてくるフード男。
逃げないといけないことは分かっている。
でも体を縛る縄で上手く走ることができない。
何より足がすくんでしまって動けなかった。
「い、いや⋯⋯!」
男の手が迫る。
⋯⋯やっぱり誰も私のことなんて助けてくれない。
そんなこと分かり切っていたはずなのに。
⋯⋯でも。
なんでこんな時に、あの男の顔が思い浮かんでしまうんだろう。
「よく頑張ったな」
「えっ⋯⋯」
予想だにしなかった言葉。
同時に縄が切断され、両腕が自由になる。
うそ⋯⋯まさか。
「遅くなってごめん。助けに来た」
ローブから覗く顔。
そこには気に食わない覗き魔男の顔があった。
「なんだてめぇっ!?山賊じゃねぇな!?」
異変に気づき、大きな斧を構えるボス。
「もういいか」
男がローブを脱ぎ捨てる。
茶色のくせっ毛に、青い瞳。
気に入らない新参者剣士がそこにいた。
「仲間を返しに貰いに来た⋯⋯リンカ大丈夫か?」
「えっ⋯⋯うん」
思わず素直に返事してしまう。
何よ⋯⋯これ。
なんで私の心臓は早くなってんのよ⋯⋯!?
「そうか⋯⋯良かった」
やめてよ。
そんな笑顔私に向けないで。
罪悪感でおかしくなりそうだから。
「なんでよ⋯⋯」
「ん?」
「あれだけひどいこと言った私をわざわざ助けにくるなんて⋯⋯つい最近まで赤の他人だったのよ?頭おかしいんじゃない?」
本当はお礼を言うべきなんだろうけど、聞かずにはいられなかった。
理由が知りたかった。
どんな打算があって私は助けられたのか。
何を要求されるのか知りたかった。
彼の答えは。
「仲間を助けるのは当然のことだろ?」
「は⋯⋯?」
なんて青臭く、胡散臭い答えなのだろう。
ありえない。
こいつそんな薄っぺらい理由で私を助けたの?
敵の本拠地なのよ?
下手したら死ぬのよ?
⋯⋯ほんとわけわかんない。
「リンカさんっ!大丈夫ですか!?」
「ソフィ!あんたもいたの!?」
「当たり前です!⋯⋯というかリンカさん!?な、なんでそんな格好してるの!?これ羽織って下さい!」
「あ、ええっ⋯⋯」
半ば強引に布を被せられる。
「あとカコちゃんから伝言。あとでお説教とのことです」
「そ、そう⋯⋯」
お説教かー。あの子怒ると長いのよね⋯⋯交渉用のお菓子まだあったかしら。
「ついでに私からもあとでお話がありますから!」
「あ⋯⋯はい⋯⋯」
なんで私は敵中で説教される予定を決められているのか。この子といいカコといい、緊張感とかないの?あんたらいつからそんな図太くなったの?
「お、おいっ!お前ら何ぼっーとしてやがる!相手は2人だ!さっさと殺せ!」
「へ、へいっ!」
ようやく山賊達も落ち着きを取り戻したのか、武器を抜く。
「ソフィ、リンカを頼む」
「は、はいっ!」
「おらっ!死ねや!」
あいつに向かって振り下ろされる斧。ひらりと身をかわす。そして態勢が崩れたところに蹴りを入れる。わずか一撃。山賊1は泡を吹いて地面に倒れた。
「て、てめぇ!」
激情した残りのメンバーもあいつに襲い掛かる。でも一撃どころか指一本触れられない。次々と地面に倒れていく。
「くっ⋯⋯こうなったら!」
狙いを変えたのか山賊の1人が私達に襲い掛かる。まずい!このままじゃ⋯⋯!
「『ブリザード』!」
「ぎゃ、ぎゃああああああ!」
⋯⋯えっ?
断末魔を上げながら転げまわる山賊。
「⋯⋯ごめんなさい、手加減できませんでした。でも仕方ないですよね?リンカさんにこんなことしたんですから」
普段のゆるふわ感を一切感じさせない冷たい声色。怖い。今この子の顔見れない。絶対ハイライト消えてる。
「諦めて投降しろ」
「ぐっ⋯⋯こうなったら!あのガキを連れてこい!」
「へ、へい⋯⋯ぎゃあ!」
倒れこむ山賊。見ると足に矢が一本刺さっている。
「お、おい!!なんで倒れてる!」
「悪いな。そして動かない方がいい。うちには優秀なアーチャーがいるんでね」
「ヴォルクさん、私、他の方を助けてきます!」
「ああ、頼む。ついでに消火もよろしく!」
「はい!」
ソフィが走り出す。
全てを計算しきったような息の合った連携。
こいつらはきっと私がいない間に入念に打ち合わせしたのだろう。
⋯⋯情けない。これじゃ私、完全にお荷物じゃない⋯⋯。1人で解決するどころか足引っ張ってる。悔しい。
もっと、もっと強くならないと⋯⋯!
そのためには⋯⋯!
「お前らビビんな!まだこっちの方が数は上だ!まとめてかかれば⋯⋯!」
「やめておけ。もう勝負はついた」
「うるせぇ!これだけいるんだ!!お前ひとり殺せねぇ訳ねぇ!」
「そうか⋯⋯確かにそれだけ俺1人なら殺せるかもしれないな。だがその前に砦の外を見てみるといい」
「はぁ!?どういう⋯⋯!?」
山賊達が固まる。どうしたのよ?
辺りを見回す。
「これは⋯⋯!」
砦を囲む無数の火の玉。
たいまつを持った人間だと理解するのに少し時間がかかった。
「隣の領地からの援軍だ。いくら人数がいてもこれだけ兵士がいたら勝てないんじゃないか?」
「う⋯⋯嘘だ!こんなに早く援軍が出せる訳⋯⋯!」
「前々から手配していたからな。何も不思議なことじゃないさ」
にやりと笑うあいつ。
腹黒い笑みが、山賊達をじりじりと追い詰めていく。
そして、最終宣告を突きつける。
「⋯⋯それでどうする?降伏するか?」
「ぐ、ぐぐぐぐぐっ⋯⋯ち、ちくしょうが⋯⋯!」
山賊達の手から武器が滑り落ちる。
それは、降伏の意思を示すサインであった。
⋯⋯信じられない。
あれだけ悪名を轟かせていた山賊達をわずか一夜で壊滅させてしまった。
これも全て私を除く3人の功績だろう。
⋯⋯悔しいけど。
そろそろ、認めないといけないかもしれない。
この山賊達の前に立つ男。
風呂覗き魔で、ロリコンで、変態なこの剣士が。
私の命の恩人であり、新しい仲間であることを。
⋯⋯認めたくはないけどね。
気がつくと遠くの山頂辺りから光が差し込む。
夜が明けようとしていた。
この夜明けが、この騎士団を変える日の始まりを告げる。そんな気がした。
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