第11話 ソフィとフィリア 【h】
「おかしい⋯⋯俺は真面目にカコと向き合っていたはずなのに」
頬には手形の跡が残り、これ以上下がるとは思っていなかったリンカの好感度は更に下がった。今後リンカと会ったら殺されるんじゃないか、俺?
そんなことを考えていると、目の前に一家の家が現れた。
「こ、ここか⋯⋯ソフィの家は」
カコに書いてもらったメモに目を落とす。木材で作られた壁に、深緑色の屋根。教えてもらった特徴と合致している。
「合ってるよな⋯⋯」
頼むぞ。いざ入ると違う人の家で、運悪く着替えに出くわすとかやめてくれよ?
「前やって大変な目に合ったからなぁ」
そう愚痴りながら、おそるおそるドアを開ける。
「ごめんくださーい⋯⋯ソフィさんはいます⋯⋯か⋯⋯」
しかし俺は気づいていなかった。先ほどの回想。あれは世に言う「フラグ」というだと。
「え⋯⋯」
「あ⋯⋯」
ソフィが下着姿で立っていた。雪のように白い体を、装飾の少ない質素な純白の肌着がより引き立てる。まさに天使の着替えそのものだ。
「あ、ああ⋯⋯」
ソフィの顔がみるみる赤くなる。この後リンカからはビンタが飛んできた。悲劇を繰り返してはならない。何か、何か言い訳をしなくてはっ!!
「あの⋯⋯その⋯⋯」
しかし俺の体はもうとっくに限界であった。心臓がバクバクと破裂しそうになり、顔が燃え盛るように熱くなる⋯⋯あっ、これやばい。
「⋯⋯ぶはっ」
「えっ⋯⋯ええっ!ヴォ、ヴォルクさんっ!?」
鼻血をまき散らしながら崩れ落ちる。
意識が、遠のいていく。恥ずかしそうな表情から一転。ソフィが慌てたように駆け寄ってくる。
ごめん。家をこんな男の血で汚してごめん。あとで責任をもって掃除するから。
⋯⋯それにしても。
ソフィは、着やせするタイプだった⋯⋯!
こんな馬鹿げたことを考えた後、俺は床に倒れこんだのだった。
「ご迷惑をおかけしました⋯⋯」
「いえ⋯⋯こちらこそお見苦しいものをお見せしました⋯⋯」
目を覚ました後。俺は着替え終わっていたソフィと机を挿んで対面していた。リンカの時とは違い、特に怒っている様子ではない。
しかし。
「い、いや、そんなことは⋯⋯これ、良かったら⋯⋯」
「あ、ありがとうございます」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
流れる沈黙。
とにかく会話が続かない。
どうしよう!かなり気まずい!⋯⋯ソフィも俯いたまま黙ってるし⋯⋯。何か、何か話題を!
「そ、そういえばお姉さんは大丈夫か?」
「あ、え、はい。朝は熱があったんですけど、お薬を飲んでからは落ち着いています。今も向こうの部屋で寝ています」
ソフィの目が寝室であろうドアの方を向く。
「カコが言ってたんだが、病気なんだよな。よければ教えてくれないか。医学に詳しい奴がいるんだ。何か力になれるかもしれない」
大口開けて笑う巨漢の親友が頭に浮かぶ。医者の息子であるダンテなら何か分かるかもしれない。
「本当ですか!?」
ソフィは机に身を乗り出し、早口でまくし立てる。
「お願いしますヴォルクさん!なんでもしますからお姉ちゃんを!」
こっちに掴みかかりかねない勢いだ。なんだ⋯⋯?そんなにひどい病気なのか?
「お、落ち着いてくれ⋯⋯ち、近い」
「あ⋯⋯!」
我に返ったのかソフィは乗り出した体を戻し、ちょこんと椅子に座り直した。
「落ち着いたか?」
「はい⋯⋯取り乱してしまい、申し訳ありません」
「家族のことだからしょうがないさ。⋯⋯可能ならお姉さんに会わせてもらえないか?」
「はい。どうぞこちらへ」
ソフィに案内されるように、寝室のドアの前に立つ。
「お姉ちゃん、入るね」
数回ノックした後、ソフィはゆっくりと扉を開く。彼女の後に続いて部屋に入った。
「⋯⋯っ」
⋯⋯目の前の光景に言葉を失った。
家具の少なさが目立つ質素な部屋。真ん中に置かれたベットに1人の女性が横たわっていた。問題はその女性の体であった。
「肌が、黒い⋯⋯!?」
日焼けした肌なんてレベルじゃない!鉄鉱石のように黒い肌。何か異変が起きているのは明らかであった。
「少しずつ黒い部分が増えているんです。病名は⋯⋯『死神病』」
「『死神病』⋯⋯」
「果物が腐敗するように少しずつ体を蝕んていき、最後は命を奪う⋯⋯お医者様も手の施しようがないと⋯⋯今は薬で進行を食い止めることしかできていません」
「⋯⋯」
言葉が出ない。
どう、彼女に言葉をかければいいか俺には分からない。
「ミステリアさんの騎士団に入ったのも、お姉さんのためなんです」
「え⋯⋯?」
「ミステリアさん、大量に本をお持ちなんです。それも滅多に読むことができないほど珍しい本ばかり。⋯⋯もしかしたら病気の治し方が分かるんじゃないかって」
今のところは進展なしですが⋯⋯、と彼女は力なく微笑んだ。
「ソフィ」
体が勝手に動いた。
「必ずお姉さんを助けよう!俺も力になるから!」
「ヴォルクさん⋯⋯!」
おっ⋯⋯いい雰囲気じゃないか?
勿論先ほどの誓いに嘘はない。お姉さんを助けるのに全力を尽くすつもりだ。
だけど、桜色に頬を染めるソフィの様子に嬉しくなってしまったのも事実だ。
それにしても!こんなことを恥ずかしがらずに口にできるなんて!随分成長したんじゃないか!俺!
「あの⋯⋯ヴォルクさん」
そんなテンションの高い俺に、ソフィが声をかけてきた。
「なんだ?」
「あ、あの⋯⋯嫌というわけではないのですが⋯⋯そろそろ離していただけると⋯⋯」
「え?⋯⋯ああああああああ!」
俺の両手に包まれる柔らかい物質。それは、ソフィの小さな手であった。えっ?胸や尻よりはまし?馬鹿野郎!女の子と手をつなぐことは案外ハードル高いんだぞ!
「ごめん!本当にごめん!!」
「い、いえっ!そんなに頭を下げないでください!こちらこそすみませんでした!」
互いに謝り合う不毛な展開。
しかしそんな時間はすぐに終わることになる。
「た、助けてくれぇ!!」
家の外から助けを求める声が聞こえてきたのである。
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