第10話 カコとの特訓 【h】

 翌朝。


 俺は洋館の中庭で3人を待っていた。


「と言ってもリンカはまず来ないだろうな⋯⋯」


 彼女とは風呂場で最悪の出会いを果たして以来、口をきいてもらえていない。話しかけようとしても、話しかけるなと言わんばかりの目で睨みつけられる。まさに八方塞がり。どうしようもなかった。


 だから今は出来ることをしよう。昨日の実践で2人の弱点は分かった。戦闘センスはある。弱点さえ何とかなれば⋯⋯!


「にしても遅いな⋯⋯約束の時間は過ぎてるのに」


「お兄さーん!」


 カコが息を切らせて中庭にやってきた。服装は昨日と同じようにタンクトップにショートパンツ。動きやすそうな格好だ。


「ごめんなさい!⋯⋯怒ってますか?」


 上目遣いで尋ねてくるカコ。⋯⋯可愛いな。この子の性格的に狙ってやっていないから恐ろしい。もう少し年がいってたら鼻血吹いてた。間違いなく。


「いや、怒ってはないけど⋯⋯そういえばソフィは?」


 真面目そうな彼女のことだ。ずる休みするとは考えにくいが。


「あ、ソフィお姉さんは急用でお休みです!」


「急用?」


「なんか、お姉さんの体調が思わしくないみたいで⋯⋯」


「なにか病気なのか?」


「そうみたいです。詳しいことは教えてもらえないのですが」


 そうなのか⋯⋯。後でお見舞いがてら何か持っていこう。⋯⋯決してソフィに会いたい訳じゃないぞ。神に誓って。


 よし、切り替えよう。


「そろそろ特訓を始めよう。昨日の戦闘を見て、カコの弱点を考えてみたんだけど⋯⋯いいか?」


「よろしくお願いしますっ!私は強くなりたいんです!」


 ぐいっと身を乗り出すカコ。気合いが入っている。これは教えがいがあるというものだ。


「そうか。じゃあ早速⋯⋯まず気になったのは命中率の低さだ」


「うぐっ」


 気にしていたのか、アーチャー少女は分かりやすく顔をしかめた。


「それと初動以降、射撃できていなかったのも気になったな」


「はぅ!」


「何より、ボアに怯えていた」


「⋯⋯っ!」


「実戦経験が少ないんだ。だからこそ射撃を外すと必要以上に焦るし、強大な敵に対し恐怖し、動けなくなる。不測の事態に対応できるように、場数を踏んでいかないとな」


「⋯⋯」


 カコは黙って俯いていた。小さな体が小刻みに震えている。ボアとの戦闘を思い出したのかもしれない。


「実戦は怖かったか?」


「はい⋯⋯すごく、こわかったです」


「そうか」


「お兄さん」


「なんだ?」


「お兄さんは怖くないんですか?」


 じっと見つめられる。思わず心拍数が上がりかけるが、ぐっとこらえる。真剣な眼差しだ。恥ずかしいからと目を背けることは絶対にあってはならない。


「⋯⋯怖いさ。怖い」


「どうしてですか?あんなに強いのに?」


「強くても、守れないものもある」


「⋯⋯?」


 脳裏にちらつくあの日の光景。


 ウィルは無事なのか?


 それは確認しようがないことだ。


 だけど彼を、親友を守れなったことは覆しようのない事実だ。


 俺の今までは何だったのだろうか?


「お兄さん?」


「⋯⋯す、すまん。とにかくその気持ちを大切にな。人は恐怖と戦うために努力するんだから」


「⋯⋯」


「カコ?」


「なんかよく分かりません⋯⋯」


「⋯⋯まじか。決まったと思ったんだけどな」


「ふ、ふふふ⋯⋯!」


 やめて。笑ってくれて良かったけど、俺の恥ずかしいところを笑わないで。


 体が羞恥で猛烈に熱くなる。


「お兄さん顔まっかー!かわいいですー!」


「や、やめろ!からかうな!というか何その笑い方っ!?」


「だんちょーのマネです!」


 ニヤニヤ笑うカコ。絶対某変人騎士団長から悪い影響を受けている。あの人の罪は重い。


「と、とにかくその経験不足を補う特訓も考えてきたから!ビシバシいくぞ!」


「おー!特訓ってどんな!?教えてください!!」


「ちょ⋯⋯近っ⋯⋯!?」


「うわわっ!?」


 カコに飛び掛かられ、体制を崩してしまう。そのまま地面に倒れこんでしまう。


「⋯⋯っ」


 むにっ。


 ⋯⋯なんだ?この右手の柔らかいものは。


「お、お兄さん⋯⋯!」


 上に覆いかぶさっているカコの様子がおかしい。真っ赤な顔をして、恥ずかしそうにこちらを見つめている。だが、胸は揉んでいない。⋯⋯まさか。


「そこ、あたしの、お尻です⋯⋯」


「ああああああああああ!ごめんごめんごめん!!」


 大急ぎで手を離す。名残惜しい?断じてそんなことはない。断じてだ。


「ほんとごめん⋯⋯悪気はないんだ⋯⋯」


「いえ、あたしは大丈夫です!⋯⋯それよりも」


 それよりも?


 カコが後ろを指さす。何事かと振り返ると。


「⋯⋯」


 あ⋯⋯リンカさんじゃないですか。


 鬼の形相という言葉があるが、今の彼女は間違いなくそんな顔である。


「リ、リンカ話をしよう。これは⋯⋯」


「情状酌量の余地なし⋯⋯死ねこのロリコン変態野郎っ!」


 振りかぶったビンタが左頬を抉った。


 痛みを感じる間もなく、俺の意識は闇に葬られたのだった。



 


 

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