第2話 ウィリアム略してウィル
夜が更けてきた。
あれだけ騒がしかった城の内部が嘘のように静まり返っている。兵士もメイドも一日の務めを終え、体を休めている時であろう。
しかし城の一室、ウィリアム王子の部屋だけは違った。
「はははっ!!」
「そんな笑うなよ⋯⋯」
爆笑しながら絨毯が敷き詰められた床を転げまわる男。セスタリック王国王子のウィリアムである。認めたくはないけど。昼の凛々しいイケメンの姿など見る影もない。
「こっちは苦労してるんだぞ。これのせいで女性には迷惑をかけるし、冤罪かけられるし」
「ひーひー!わ、笑い死ぬ!」
「話聞いてます!?」
ぶん殴ってやろうかこいつ。王子にそんなことしたら即処刑ものだが知ったことか。
「い、いやいや、ごめん⋯⋯でも面白くってさ」
涙を拭うウィリアム。その顔は幸せそうで、思わず頬が緩んでしまう。
「全く⋯⋯」
「まぁ許してくれよ。最近は君の話ぐらいしか僕の娯楽はないんだからさ」
満足するほど笑ったのか。ウィリアムは立ち上がり、俺の目の前の椅子に腰かける。そのまま目の前に置かれた紅茶を喉に流し込む。
「王族らしくないな」
「いいだろ?君と僕の仲だ。ここでぐらい素でいさせてくれよ」
「そうだな⋯⋯ウィル」
俺とウィルはただの王子と騎士という関係ではない。詳しくはとても長くなるため割愛するが、強く深い絆で結ばれている。俺の一番の親友だ。こうして他の人の目がない時は、ため口で話すような関係だ。
彼をウィルという愛称で呼べるのも俺ぐらいだろう。
「とにかくありがとな。危うく査問委員会送りだったよ」
姿勢を正してウィルに頭を下げる。親しき中にも礼儀あり。こういうところはしっかりしておくべきだろう。
「構わないよ。君が女性に不埒を働けるとも思えないしね」
「ひどい」
「事実じゃないか⋯⋯それに」
紅茶のカップを置き、テーブルに身を乗り出さんばかりに顔を近づける。やっぱりかっこいいな。イケメンなんだよな。
「大事な友達の一大事。助けない選択肢はないからね」
「⋯⋯は」
なにこのイケメン。これはモテるわ。間違いないわ。中身も美男子とか反則でしょ。
「はぁ⋯⋯お前があれだったら良かったのに」
「君の女性を辱めるスキルのことかい?」
「悪意を込めまくった言い方やめろ」
「事実じゃないか」
俺の反論を涼しい顔で受け流すウィル。
⋯⋯こう言われると反論のしようがないのが悔しいところだ。
「君も真面目だね。天の授かり物として楽しむのも一興だろうに」
「⋯⋯それは女性に対してよくないだろ」
おもむろにウィルが顔を上げた。
「女性である以前に人間だろ⋯⋯その対象に見るのはもう少し後の話で」
俺が話終わるのが先かどうか。ウィルはまた盛大に吹き出した。
「君は⋯⋯なんというか⋯⋯とんだ童貞ピュア野郎だね」
「おい王子、口悪すぎじゃないか?」
普通に傷ついたんだが?
「ほめてるんだよ。いつまでもそんなピュアな君でいてくれよ⋯⋯それはそうと」
先ほどの緩み切った表情から一変。真面目な顔をしたウィルがこちらをじっと見つめている。自然と背筋が伸びるのを感じた。
「君に頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
「あぁ、近頃王国内で魔物が凶暴化していることは君も周知のことだろう」
魔物。
とはいってもおとなしい彼等は人を襲うことなど滅多になく、地方によっては魔物をペットのように可愛がる人々もいたほどだ。
潮目が変わったのは数年前。黒い獣の姿をした魔物が山奥にあった小さな村を焼き払い、村人を皆殺しにする事件が起きた。
それからである。魔物は少しずつ凶暴化していった。先日のゴブリン達のように人間の住居エリアに侵入する奴らも増え、民達は不安そうに毎日を過ごしている。
「実は以前から配下の者に調査を依頼していてね⋯⋯調査の結果、この魔物の活性化は人為的なものである可能性があることが分かった」
「人為的⋯⋯!?誰かが魔物を操っているというのか⋯⋯!」
「王家としてもこの騒動をいつまでも野放しにすることはできない。だから君にもう少し詳しく調査してほしいんだ」
「勿論引き受けるが⋯⋯俺だけか?」
国を揺るがしかねない一大事。普通なら少なくとも数人規模の調査団が結成されそうなものだ。
「そうだよ?君1人だ」
「重労働が過ぎる」
「まぁそう言うなって⋯⋯その魔物を操る奴ら、少し危険そうだからね。信頼出来て尚且つ腕っぷしが信頼できる相手じゃないと」
「そんなに危険な奴なのか?」
「目星自体がついているわけではないけどね。ただ魔物を操る奴らだ。どんなことが起こるか分からない」
「⋯⋯分かったよ。報告はお前にすればいいのか?」
「あぁ、そうしてくれ⋯⋯結構話し込んでしまったね」
「そうだな。そろそろお暇するよ」
腰を上げるを、ウィルも同じように立ち上がった。どうやら見送りをしてくれるようだ。
「これからいつものやつかい?」
「ああ。あれやらないと眠れないからさ。久々に一緒にどうだ?」
俺の言葉にウィルは大げさに首を振った。
「僕は頭脳労働専門なんでね」
嘘つけ。お前そんなに頭良くないだろ。
親しき中にも礼儀あり。そんな言葉を飲み込みつつ、俺は部屋を後にした。
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