第3話 夜襲
ウィルと別れて数刻。
俺は剣を片手に存在しない敵と戦っていた。
決して痛い奴、という訳ではない。いわゆるイメージトレーニングというやつだ。勘違いしないように。
初めて剣をもって10年ほど。一度もこの特訓を欠かしたことはない。雨が降ろうと。北風が吹こうと。剣を振らずに寝たことはなかった。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
ふらりと地面に倒れこむ。肺から熱くなった空気が吐き出され、肩も激しく上下する。数年前、貴族社会であった騎士団で生き残るため、そして一番の親友を守るため自ら考案した地獄のトレーニングメニュー。何度やっても楽になることはない。
「⋯⋯まじでこれ考えた奴ぶっ飛ばしたい」
やめる気はないが、ついつい口から過去の自分に対して愚痴がこぼれる。額から流れる大粒の汗をぬぐい、ゆっくりと立ち上がる。空が少しずつ明るくなってきていた。
「そろそろ休まないとな」
疲労困憊の体に鞭を打ち、ふらふらしながら兵舎の方へ歩き出す。時間的に早起きなメイドとかなら、そろそろ起き出してくる時間だろう。俺のこんな生活を見たら肌に良くないとか言って怒り出しそうだ。全くその通りだから反論できないが。
なんて考えている時だった。
「だれ⋯⋯か⋯⋯」
「!!」
疲労の溜まった体が嘘のように、声の方向へ駆け出す。城と兵舎の間にある噴水広場。人影が横たわっていた。俺はその相手に絶句することになる。
「⋯⋯ウィル!」
変わり果てた姿の親友の姿がそこにいた。腹部に突き刺さったナイフが腹部を抉り、彼の周りの鮮血の海をつくり出していた。
「⋯⋯ヴォ⋯⋯ルク」
「話すな!すぐに治癒魔法を使える奴を呼ぶからな!」
青白く、生気を感じられない顔。見たことないウィルの姿に、頭の中が真っ白になる。抱きかかえた体も力が感じられず、ぐったりとしている。
「やられ⋯⋯たよ。まさか⋯⋯刺客が⋯⋯」
「すまない⋯⋯俺がいたのに⋯⋯」
「君の⋯⋯せいじゃない⋯⋯」
俺の頬を撫でるウィルの手。こんな時でも相手の気持ちを思いやる親友の姿に、守れなかった自責の念が強くなっていく。
「敵は⋯⋯思ったより⋯⋯強大⋯⋯だ。なんとか⋯⋯しない⋯⋯と取り返しが⋯⋯」
「分かった!分かったから!」
「⋯⋯」
静かに落ちる腕。力なく閉じられた瞼。守れなかった。守れなかった。守れなかった。守れなかった。守れなかった!
「うっ⋯⋯うわあああああ!!!!!!」
「おいっ!何している!⋯⋯これは!」
気がつくと周りには人が集まってきていた。慕われていた王子が瀕死なのだ。皆鬼のような形相で騒ぎ立てていた。
⋯⋯そうか。この光景、俺がウィルを刺したみたいに見えるのか。
でも、どうでもいいや。
俺は守れなかったのだ。
何が最強の王宮騎士団の一員だ。
何が⋯⋯。
兵士に取り押さえられながら、俺の意識は闇の中に落ちていくのだった。
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