第1章 追放 

第1話 騎士と王子

 波乱の魔物討伐を終えて。


 俺、ヴォルクは任務であったゴブリン退治を終えて、本来の勤務地である王城に帰ってきた。世界最大の国家と言われるセスタリック王国。今日も広大な城の中を兵士やメイド達がせわなしなく走り回っている。


「おう!ヴォルク!もう報告は終わったのか?」


 城中に響くほどの大声。思わず体が飛び跳ねる。


「あ、ああ⋯⋯今終わったところだ⋯⋯ダンテ」


 俺の心臓が止まりかけたことなどつゆ知らず、巨大な岩のような巨大の男、ダンテが満面の笑みで近づいてくる。全身フルメタルアーマー。子供が泣き出しそうな見た目であるが、背中の藍色のマントがこの鎧男を魔物じゃないことと伝えている。


 そう、彼もまた俺と同じ王宮騎士団の1人である。


「いやいや!また手柄を挙げたみたいだな!数少ない平民上がり同士として鼻が高い!」


「お前こそこの前リザードマンを討伐したじゃないか?」


 そしてこの見た目通り腕っぷしも強い。人間より大きく鉄のように重いリザードマンを投げ飛ばしたという報告も嘘ではないだろう。


「力は俺の専売特許だからな!そこで役に立てんかったらどうしようもない!」


 大口を開けてダンテは笑う。太陽のように陽気なその姿に、こちらも思わず笑ってしまう。思惑と陰謀渦巻く城の中。同じ平民出身であり、ポジティブな姿に何度も元気をもらってきた。


「それはそうと聞いたぞ」


「なんだ?」


「またやっちまったみたいだな」


 こちらをからかうような口調。顔が熱くなるのを感じる。


「保護対象の胸を揉んだって⋯⋯相変わらず羨ましいなぁ!!お前のラッキースケベっぷりは!」


 ダンテの手が背中をどつく。やめてくれ。お前の筋力でやられたら心臓が止まりかねない。医者の息子が人殺してどうする。


「好きでやってるんじゃねぇよ!こっちはこれのせいで困ってるんだ!」


「何が困んだ?半ば合法的に女に触れる!最高じゃないか!」


「何が最高だよ⋯⋯」


 そう、俺は困っているのだ。


 ラッキースケベと称される、この変な能力に。


「俺は最近まで女の子と全然接点がなかったんだよ!ただでさえ気合入れて女性と話してるのに、気がついたら転んだりして胸やお尻を揉んでるんだぞ!向こうもわざとじゃないと気を遣ってくれるのか苦笑いを浮かべるだけだし⋯⋯罪悪感で死にそうだわ!」


「羨ましい限りだ!」


「羨ましくねぇよ!」


 がははと笑うダンテ。この男は鍛え抜かれた筋肉と底抜けに明るい性格で女性に困ったことがない。俺の苦労を理解するのは難しいのだろう。


「懐かしい!少し前は可愛いメイド見ただけで鼻血出してたじゃないか!随分成長したぞ!」


「大声で言うな!」


 みるみる全身が熱くなる。遠くからこちらを眺めていたメイド達がくすくすと笑う。その姿が熱の温度を更に高めていく。


「でも女に興味がないわけではないんだろ?」


「⋯⋯まぁ、それは」


「ならいいじゃないか!今は迷惑でも、いつかはその天からの授かりものに感謝する時が来るぞ!」


「お前⋯⋯ポジティブだな」


「筋トレの賜物だ!お前もどうだ?」


「遠慮しとく」


「とにかくそのチェリーっぷりを治さないとな!ラッキースケベ達も泣いてるぞ!」


「永遠に泣かせとけそんなもの」


「いじけるなって!お前も見た目はいいんだから女慣れすればすぐ!」


「おやおや、神聖なる空間で低俗な会話とは⋯⋯」


 突然会話に割って入ってくる声。


「これだから平民上がりは⋯⋯会話に知性がありませんねぇ」


 背中までまっすぐに伸びた金髪を払いながら、細めの男が数人の配下を引き連れて近づいてきた。装飾品がふんだんに拵えられた服は、彼の高い身分をこれでもかとアピールしているようだった。


「ジェラートか。何か用か?」


「そうだねぇ。同じ王宮騎士として今回の件を称賛しておこうと思ってねぇ」


 ⋯⋯嘘だな。


 おそらく平民上がりの俺が手柄を挙げたことが気に入らなく、いちゃもんでも付けにきたのであろう。


 以前は貴族の多くが平民を下賤な者として扱っていた。しかし時代は移り変わるもの。王も変われば、登用制度も変わる。優秀な平民でも出世できるようになり、貴族の平民を見る目も少しずつだが好意的になっていった。


 だが依然としてジェラートのように平民を不当に差別する貴族もいる。


「ところでヴォルク君?さっきの話は本当かなぁ?」


「さっきの話、とは?」


「君が婦人に暴行した話さ。王宮騎士団の一員としては見過ごせないなぁ」


「はぁ?お前話聞いていたのか?それは」


「おっとダンテ。まだ僕が話しているだろう?静かにしてくれるかなぁ?」


「ちっ!」


「それでヴォルク君。僕はこれは査問委員会の対象だと思うのだけどどうかな?僕は大臣の息子。君が希望すればすぐに開催してあげるよぉ?」


 人の神経を逆なで、いや撫でまわすような声。


 俺の苦労も知らないで!


 頭に血が上り、言い返そうとした時であった。


「随分と穏やかじゃない話だね。ジェラート」


 王宮に響く、声。


 ジェラートの顔は青くなり、周りの兵士達が敬礼する。


「王子!」


 ウィリアム・ファン・セスタリック。黄金に輝く髪と宝石を埋め込んだような蒼い瞳。油絵から出てきたかのような美しい青年。俺達王宮騎士が仕える相手。この国の王子、将来の国王陛下である。


「ダンテ」


「はっ!」


 胸に拳を当てながら、ダンテは答える。


「今の話は本当かい?」


「いいえ!いつものあれです!」


 城に響き渡るダンテの返答。


 いつものあれ。その答えを聞いた王子は思わずという感じで噴き出した。


「そ、そうか⋯⋯いつものか⋯⋯ふふっ」


「はい。いつものラッキーなやつです」


 なぜだろう。


 冤罪から解放され良かったはずなのに、素直に喜べない。ラッキースケベが伝わる上司って⋯⋯。


 なんか、自分で自分が情けない。


「お、王子!お待ちください!」


 青い顔をしたまま、ジェラートが声を挙げる。


「ん?なんだい?」


「何って⋯⋯この男の暴行についてですよ!これは大事件ですよ!査問委員会を開くべきです!」


「暴行?ヴォルクはしていないだろう?」


「ダンテの言葉だけで判断するのですか!?」


「そうは言ってもね⋯⋯」


 俺の方に向き直る王子。その瞳が愉快そうに揺れる。いたずらを思いついた子供のような目。嫌な予感がする。


「僕は彼を知っているが、そんなことするような男じゃないよ。⋯⋯いや出来ないが正確かな?」


「⋯⋯は?」


「女性にろくに触れない彼が、ましてや暴行なんてできるはずがない」


 言いやがったっ!


 いや弁護してくれるのはありがたいけど!もうちょっとなんか言い方あったでしょ!


 ⋯⋯本当に消えてしまいたい。


「まぁ君の思いは分かった。ヴォルクのことは私の方でしっかりと話を聞いておこう」


「え、いや」


 あまりに急展開すぎたのだろう。素っ頓狂な声を上げ、動揺しているジェラート。


 しかし王子は容赦しない。


「いいね?それとも何か問題があるかな?」


「⋯⋯っ、いえ、全てはウィリアム様の御心のままに」


「ではヴォルク、取り調べしようか」


 王子が俺の顔を覗き込む。⋯⋯人には言えない顔してるぞうちの王子。


「では行くよ?」


「⋯⋯は、はい」


「死んで来いヴォルク!」


「ダンテてめぇ後で覚えていろよ」


 ダンテに見捨てられ、王子にずるずると連れていかれる。


 こんなことをしていたからだろう。


 俺は気がつかなかった。


 ジェラートの殺気を纏った目に。


「ヴォルク・スゥベル⋯⋯!今に見ていろ⋯⋯!」

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