処理中の葛藤
海月 信天翁
「処理中の葛藤」
「で、せっかく早く来たのに、ゆっこったら場所間違えててさ~」
「ふぅん」
砂を噛むようとは、こんな気持ちをいうんだろう――
妹はそう思っていた。
つまらない、くだらない、面白くない。
無意味で空虚で不要な時間。
姉との会話は、ずっとそんな行為だった。
「西口と北口間違えるってあり得なくない?」
「知らない。引きこもりだから」
ノートPCの画面から目を離さずに、気のない相槌をうつ。
くるくる回る砂時計。ただいま処理中。もう少しお待ちを――
「あと、見て! これが新色のネイル!」
視界の端に姉が強引に爪先を割り込ませても、妹は回転するカーソルから目を逸らさない。
新作のコスメ、流行のスイーツ。本当にどうでもいい話ばかり――
「みっちょん、センス良いよねー! やっぱ指先キレーだとあがるわー!」
「そう」
知らない人と、知らない場所の、知らない話。
どうでもいい。つまらない。くだらない。面白くない。
「トモダチ価格でやってくれるって言ってたから、貴女もやってもらえばいいのに!」
「イヤ。知らない人に触られるの、好きじゃない」
「じゃあ、あたしがやってあげようか?」
不意に、妹の視界は姉で一杯になった。
PC画面を遮るように、姉が顔を寄せたのだと気付くのに数瞬。
近すぎる距離感に、息を呑むこと一拍。
妹は姉を押し退け、画面を伏せた。
「視界がうるさくなるから、要らない」
「いいじゃん。これの御礼にやったげる」
姉はノートPCに繋がるスマホをつついた。
白魚のような指に、砂金を散りばめたような指先。
妹は小さくかぶりを振る。
と、伏せたPCからアラートが鳴った。
「――終わった」
スマホからケーブルを抜き、姉に手渡す。
「バックアップぐらい、自分で取れるようになりなよね」
「はーい。ありがとねー!」
ケラケラと笑いながら、姉はスマホを握りしめて部屋を出て行った。
妹はようやく深く息をつき、今日初めての笑顔を浮かべる。
先ほどの作業で、姉のスマホにこっそりと仕込むことが出来たからだ。
GPSや盗聴アプリ、その他諸々の姉を知る手段を――
妹はほくそ笑む。
姉のことを知らなかったから。
(これで、知らないことは無くなっちゃうね。お姉ちゃん……)
しかし、妹は気付いていない。
部屋から出た姉が、スマホを撫でながら、上気した表情で呟いたことを。
「……これでまた、たくさん束縛されちゃうな……」
処理中の葛藤 海月 信天翁 @kaigetsu_shin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます