第9話 脅威の成長力―2
ふと、あれそういえばと疑問が浮かんだ。
「ん? あ! なぁ、ノエル。外周全力ダッシュの試験は突破したけどよ。まだ体術の方をやってねぇだろう。そっちはどうするんだ?」
そう、俺はまだ試験を全て突破したわけではないのだ。
先程からどうもこの、完全に認めましたオーラに若干後ろめたいものがあったのだが、そういうことだったのか。
雰囲気と感情に流されてつい認めてしまったが……これ、絶対受け取るタイミング間違えたよな。
なんかノエルも心なしか目が泳いでいるような……? 瞳孔縦長に戻ってるし。
「ははは。やっぱノエルって、ちょっと抜けてるよな」
「そ、そんなことないのですよ!! つ、つい嬉しくて……だって昔から面倒を見てたヴァルドレイド様がこんなにもご立派に成長なされたのですよ!?」
「中身は別だがな」
「いいのです!! 中身が二十台後半の良い年した男性でも、ヴァルドレイド様はヴァルドレイド様なのです!!」
「そうかい。でも、このままじゃ俺がスッキリしねぇから専属のメイドになるのは体術の試験も突破してからにしてくれ」
「はい、それは勿論です。では早速やりましょう。必ず突破してくださいね? めちゃくちゃ雰囲気出して私今日からヴァレリー様の専属になりますって宣言しちゃいましたから」
「あ、あぁ」
体術の修行をする時、ノエルは決まって塀の外にある森の中と家のすぐ近くの草原を交互に指定する。
なんでも、特定の場所で戦い続けてしまうとその環境で戦うことに身体が慣れてしまうのだそうだ。
例えば、草原なら地面が平面であるから整った場所に分類される。
こういう場所に慣れてしまうと、森の中や川の近く、障害物の多い場所で戦うことがあった時に動きづらくなってしまうのだそうだ。
だからその逆も然りである。
障害物の多い場所で戦い続ければ、障害物がある戦いしか経験していないから草原や荒野などの障害物がない場所で戦う時動きづらくなるのだ。
そして今日のノエルは、森を指定した。
それが今日俺の専属になるとカッコつけて宣言した手前、まだ試験を突破出来ていない状態で母さんの元へ帰れないというものであったならいずれ飯の肴として使える笑い話になっていたのだが……。
「ま、しょうがない」
「何がです?」
「いや? こっちの話だ」
既に組手の時小人化の魔術は使わなくなっていた。
というのも、この2年間の修行によって使う必要が無くなったのだ。
時に相殺し、時にいなし、時に利用する柔の技。
ノエルは俺に必要なのは力で敵を破壊する剛の技ではなくそれだと言っていた。
無論最初は疑問を持った。
戦士などの前衛職の技に、そんなもので敵うのかと。
しかしノエルはこう言った。
敵わなくていいじゃないか、と。
そもそも力を使う技で本職に敵う訳が無いのだから、と。
それもそうだと思った。
俺は魔術師であり、そして一人で全てを熟せなければいけない孤高の絶対者ではなく仲間が助けに来てくれるまで近接戦に持ち込まれても生き延びられればそれで勝ちの群れで戦う人なのだから。
だからこそ俺はノエルを一人の人間として、一人の男として尊敬している。
そんなノエルから貴方の専属メイドになりたいですと言われたら、断れるわけがない。そもそも嬉しいのだから。
だからこそ、俺はその気持ちに応えなければ。
気を引き締め構えをとる。
「さ、やろうか」
「はい。合格条件は、近接戦に持ち込もうとする私から魔術を放てるだけの距離をとるか、10分間私の攻撃を全て躱しきるか」
「拘束するか、だろ。魔術は使っていいのか?」
「はい。使えるものならば」
「そうか」
歴戦の戦士でありステータスを持つノエルに、戦士としては素人の戦士に毛が生えた程度でしかない上ステータスを持たない俺が全力で戦って敵うわけがない。
だからこその合格条件。
どれも十分に合格出来る可能性がある条件ばかり。
これで合格できなければ、それは俺の修行不足でしかないのだ。
「スタートの合図は?」
「そうですね。では、そこに落ちている石を上に向かって軽く投げますので、それが地面に落ちた瞬間と致しましょう」
「分かった」
地面に落ちていた手のひらサイズの小石を拾い上げ、ノエルは軽くポンっと上に投げた。
そして、
コンッ……。
地面に石が落ちた。
その瞬間、ノエルの姿が掻き消える。
直感に従い大きく右に躱す。
ズオッ!!
「良く、避けましたね」
身体が震える。
なにも、見えなかった。
「は、はは……。殺す気、なんだな」
「当然です。ヴァレリー様が挑むのは、世界の悪意そのもの。私如きに倒されるようでは、ここで終わってしまった方が幸せというものです」
凍てつくような感情の無い瞳で、俺を見つめるノエル。
その身体から、揺らめく炎のようなナニカが立ち昇っている。
「へ、へへ……ずっと、加減してたんだな」
「当然です。日常的な修行で一々本気を出す馬鹿はいません。……私はヴァレリー様を本気で慕っています。つまり死んで欲しくない。しかしヴァレリー様のフィーナ姫を救いたいという想いと決意は尊ぶべきもの。ならば、情に流され試験で手を抜くことなど出来る筈が無いでしょう」
「そうか。それは、有難いことだな」
会話を続けながら、陣も詠唱も介さず使えるよう改造することに成功した強化系魔術を重ねる。
敏捷強化に視力強化、そして感覚強化。
現状最も必要……いや、不可欠な3つである。
敏捷強化で反射神経を上昇させ、視力強化と感覚強化でノエルの動きを掴む。
前世、この3つの強化魔術を使っていなければ仲間の動きさえ分からなかった為に5か月ぐらい不疲不眠薬を常飲しつつ引きこもってなんとか開発した魔術である。
まぁもう理論は分かっているから、今世は引きこもったりしわ寄せがエグイ不疲不眠薬を飲んだりせずとも他の魔術に適用可能だが。
いや、と言っても普通に一日二日はかかるのだが。
「さて……悪いが、早速一生の長を利用させてもらったぞ。ここから先は不意を突けるとは思わないことだ。ノエル」
「……? そうですか。では、行きますっ!!」
真っ直ぐに突っ込んできている。
姿勢は限りなく低い。
その様相は正に獣。
獣人である彼女らは、本能からか四つ足を操り動くことに長けていると聞くが本当だったのか。
まぁいい、とにかく……
「見えているなら、どうとでもなる。いや……鈍いわ」
まぁそれも当然である。
真なる竜である星竜王の後継の一体と、世界にただ一人勇者のクラスを授かった彼女の動きを掴む為に開発した魔術なのだから。
「すまねぇな。あんな覚悟を見せてもらったのに」
突っ込んできたノエルの右拳をいなし、そのまま掴み地面に叩き付ける。
「我は岩なり」
「うぐっ!?」
「暗示の魔術の応用だ。どうする?」
「……ふ、ふふ。降参です。流石ですね」
こうして、俺は全ての試験を突破し名実ともにノエルの主となったのだった。
逆行賢者は切り開く 滝千加士 @fedele931
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