第2話 陸軍少佐越智桂太郎

「貴公、さては桂次郎の孫か。」

 目の前の軍人はいかめしい口調だ。


 信じられないが、信じるよりほかはない。

 両手を握って開いて握って開いて。何度か瞬きをする。

 万歳を二、三度繰り返す。身体感覚は異状ない。以前、金縛りに会ってから覚醒したこともある。ああいった感覚ではない。

 確かに起きている。夢ではない。


「おおかた、この状況が呑み込めないのであろうが、これは事実だ。」

 桂太郎さんが宣告してきた。


「お父さん、このおじさんおもしろいよ。」

 将が桂太郎さんを指さしてニコニコ笑う。

「これ、人を指さしてはいけません。」


「貴公、名はなんと申す。桂次郎の孫ゆえ桂の一字が入っておろう。」

「桂馬です。」

「桂馬か。将棋の桂馬か。」

「そうです。この子は息子で将です。」

「桂の一字はないのか。」

 私は息子の名づけをするときに桂の一字を入れようとしたが、祖父がやめるよう言ってきたのだ。祖父の代に義理立てするつもりで入れようと思っていたので、祖父がやめるように言うならと、越智家男子に受け継がれた桂の一字は私の代で途絶えることとなった。

「祖父、桂次郎の勧めで将になりました。」


 私は自然に正座になってかしこまりながら対応した。相手は没年を考えたら私よりいくらか年若いのだが、沖縄の激戦地で大隊を率いていたという存在感は私を圧倒した。

 ここまでくるともう私の疑う気持ちは雲散霧消していた。

 

「桂馬よ、息子を軍隊に入れるのだ。いや、今は自衛隊と言うのか。」

 桂太郎さんには戦後の知識があるようだ。いったいどうやって知っているのか。

 そのへんの整合性に私は興味をひかれたが、あれこれ質問などしようものなら桂三郎さんが畏怖していた軍人中の軍人のことだ、私が斬られかねない。


「聞けば、かつて日本と同輩だった朝鮮は独立し、支那ともども日本に敵するというではないか。」

「あー朝鮮半島は南北に分かれていて、日本の敵っぽいのは北朝鮮だけで、南の韓国は敵じゃありませんが・・・」

「いいや、昨今のその韓国の行状は目に余る。八路の末裔たる中国ともども日本の敵であろう。仇なす国にかわりはあるまい。」

 まるでネット上の愛国者だ・・・


「これ!」

 桂太郎さんが突然大声をあげた。

 将が軍刀をさわろうとしたのを取り上げたしなめたようだ。

 これは父親として私の不覚でもある。

「これは軍刀と言ってとても危険なものです。将君、そこにちゃんと座りなさい。」

「はあい。」

 将は素直に正座した。

 これは妻の教育の成果である。


「桂馬よ、将君には素質がある。きっと立派な帝国軍人になれる。いや、自衛隊将校になれる。」

 桂太郎さんは将に懐柔を始めた。

「しかし桂太郎さん、いえ、なんとお呼びすればよいのか。」

「桂太郎さんでよい。」

「では失礼しまして。桂太郎さん、将が入りたいと言えば特に反対することもないですが、将の将来は将に決めさせるつもりです。」

「甘い!」

 桂太郎の一喝が飛んだ。

 流石帝国軍人というべきか。私は気圧されてそっくり返ってしまった。


「大陸の勢力は虎視眈々と我が国を狙っている。アメリカが後ろ盾ではあるが、信用出来たものではない!」

 桂太郎さんの現状認識がいったいどこから来るのか気になって仕方がない。

 もしかしたらネットに入り浸っているのか・・・


「将君を必ず自衛隊に入れるのだ。御國の盾となるのだ。それが越智家男子の定めである。」

「しかし・・・」

 と、反論しようと思ったが、よくよく考えたら別にここでハイハイと話を聞いたところで桂太郎さんが将を自衛隊に入れにくるわけではあるまい。

 どうせ出現するのはこの越智本家だけだろう。

 適当に頷いて話を終わらせても良い気がする。


「ああ、確かに・・・」

 そう言いかけた時、横やりが入った。


「兄さん。」


「へ?」

 私は声のする方に顔を向けた。部屋の隅に腕組みあぐらの老人が座っていた。


「桂次郎か。」

 桂太郎さんが言った。


 老人は我が祖父、桂次郎だった。

 将は飽きてミニカーで遊んでいた。

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