第3話 祖父桂次郎

「兄さん。兄さんは立派だったよ。」


「桂次郎。」

 桂太郎さんがキッと祖父をにらんだ。


「兄さん、もういいだろう。越智家は普通の一家になったんだ。武門と言ったって別に侍の家系じゃあるまいし。」

「明治以前はいざしらず、明治以降の越智家の誉れは受け継がねばならん。」


 私はといえば桂太郎さんと祖父がそれぞれ言葉を発するたびに首を左右に忙しく向けて話を必死に聞いていた。


「桂次郎、お前は地方でサラリーマンをして大成したそうだな。」

「いっぱしに商社の社長だから軍隊で言えば大佐くらいかな。武門じゃないが、商門とでもいえば立派に家を立てたと自負しているよ。」

「商社が支那朝鮮を払いのけられるのか!」

 桂太郎さんが抜刀した。

 背中からなにかわきたつものが見える気がする。ものすごい気迫だ。

 しかし、そばの将はチラと見たきり、またミニカーで遊び始めた。愚鈍なのか大物なのか・・・


「け、桂太郎さん、落ち着いてください。」

 私は勇気を出してとりなしたが、よくよく考えたら幽霊が幽霊を斬っても別に大事ないのでは・・・とふと思った。思ったが、とめないわけにはいかないだろう。


 祖父は大きなため息をついて桂太郎さんを座ったまま睨み返した。


「兄さん、これは言う機会がなかったから言えなかったけど。」

「なんだ、桂次郎。」

「恭子さんは火傷をして死んでしまった。」

「承知している。」

 こんなときだが、桂太郎さんは死後どうやってそういう情報を得ているのだろうか。気になって気になって仕方ない。


 愛妻の話題になったからか、桂太郎さんは抜いた軍刀を鞘におさめた。

 ちゃん

 静かな室内に軍刀の音がした。

 静かといったが、いつの間にか寝てしまった将の寝息が規則正しく室内に響いている。

 

「空襲で火傷をした恭子さんは在郷軍人会が応急に開いた手当て所に運び込まれた。すでに虫の息だったらしい。桂三郎が言っていた。」 

「それも知っている。哀れにも母子ともどもそのまま」

「違う。」


 え。違うの?私は祖父の話にくいついた。


「恭子さんは大火傷のまま産気づき、運よく産婆さんが居合わせていたので」

「なんだと。」

「いっぽう俺は結婚はしていたが子供に恵まれない。」


 え、雲行きがあやしくなってきた。まさか。


「恭子は出産して死んだのか。」

「そうだよ兄さん。兄さんも死んだ。母親の恭子さんも亡くなった。俺は自分の子供として生まれた子供を引き取って育てた。」

「まさか、お前。」

「桂。その子にはそう名付けた。」


 親父じゃん!桂!


「まさか・・・まさか。そんなまさか・・・」

 桂太郎さんが絶句する。

 わなわな震えた桂太郎さんが私を見やり、次いで、いつものように変な格好で寝入った将を見る。


「兄さん、桂の子供、桂馬、そしてその子、将だよ。」

 祖父が腕組みを解いて桂太郎さんにそう、静かに言った。

「兄さんの孫とひ孫だよ。恭子さんの孫とひ孫だよ。」


 桂太郎さんは申し訳ないが、面白いくらい動揺していた。

 しかし流石に高級軍人、ほどなく震えを止め、動揺を鎮めた。


 咳ばらいをし、桂太郎さんは私を向いてこう言った。

「桂馬よ。将は絶対に自衛隊に入れてはならん。」

「え?」

「さきほど桂馬、お前は将に将来を決めさせると言ったが、もし仮に万一でも自衛隊に入りたいなどと言おうものなら張り倒してでもそれを止めるのだ。」

「え、なぜです。」

「馬鹿者!日本が支那朝鮮、米国と戦になったときに矢面に立つのは誰か!」

 桂太郎さんの現状認識は気になるが、この際どうでもよかった。


「私の、恭子の曾孫だ。ゆめゆめその命、粗末にしてはならん。」


 そう言うと桂太郎さんはすぅっと消えて行った。

 呆然とそれを見つめていた私であったが、はっと気づいて部屋の隅を見る。

 祖父も消えていた。

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