阿弥亜はキャスター付きのスーツケースを転がして

マスターに案内してもらったアパートに向かっている。

もともとこのスーツケースは

舗装された道路や整備された通路で使用するために作られたもので

この辺の悪路ではその能力を十分に発揮できない。

ただただイライラするばかりである。

スーツケースを蹴飛ばしたい誘惑に苛まれながら

阿弥亜はようやく、アパートの前までたどり着いた。

玄関の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。

「出てこなかったら、入っちゃっていいから」

マスターがそう言っていたので、

阿弥亜はドアノブに手をかけて開けようとしたが、

ドアは開かなかった。

「鍵がかかってるじゃない」

阿弥亜がそう呟いたとき、

阿弥亜の肩を誰かが叩いた。

驚いて振り返る、阿弥亜。

小柄な男が、阿弥亜を見て微笑んでいる。

「新しい人かい。マスターから聞いてるよ」

「思っていたより、いい子だね」

阿弥亜は自分を見ている視線に後ずさりする。

「男みたいな女だって言われてたから」

「マスターにですか」

男は無言でうなずいて、ドアのノブを回した。

「えっ、ドアに鍵がかかっていたんじゃ」

「このドア、ちょっと固いんだよ。覚えといて」

「開かないと思えば開かないし、開くと思えば開く」

男はドアを開け放って、玄関に入った。

「ノブと言います。よろしく」

「さあ、入ってください。今日からはあなたの家です」

阿弥亜はマスターが言っていた男の名前を思い出した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

玄関の先の廊下はきれいに片付いていた。

「あなたの部屋は1階の奥の部屋です」

「私の部屋は2階にしました。その方がいいでしょう」

「1階のキッチンと食堂、その手前のリビングは共用スペースということで」

阿弥亜はノブの用意したスリッパを履いて上がった。

「細かいところは追々でいいですね。トイレと風呂は各階にありますから」

「ではごゆっくり。何かあったら声をかけてください」

ノブはそう言って、2階に上がっていった。

「まず、これをきれいにしなくちゃ」

阿弥亜は玄関に置いたスーツケースを持って、外に出た。

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オーディナリー・ライフ 阿紋 @amon-1968

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