「おはようございます」

海月は男の家の前に立っていた。

似合わないエプロン姿の男が、

庭の方から顔を出す。

「パンは焼けたんですか」

「とりあえずは」

「自分で食べる分だけだよ」

家の裏の方に歩き出す男。

海月が男の後に続く。

「庭も手入れされてるんですね」

「歩ける場所を確保してるだけだよ」

「小説って、どんなものを書いてるんですか」

「日常だよ」

「日常ですか」

「エキセントリックなものかと」

今のとこと現実逃避でしかないんだよ。

男は、立ち止まって振り返る。

海月は驚いたように男の顔を見て、立ち止まった。

「日常じゃ売れないかな」

「そんなことはないと思います」

歩き出した男の後を、微笑みながら追う海月。

男はレンガでできた窯の前で止まった。

「自作ですか」

「屋根も作らないとね」

「雨が降ると濡れる」

「お店のパンは、これからですか」

「自分用のパンが上手くできたので、これから焼く」

男は裏口を開けて、家の中に入っていく。

「あたしも手伝いましょうか」

「大丈夫、そこにいて」

海月は不意に振り向き、窯のほうを見る。

成形したパン生地を乗せた板を持って、男が家の外に出てきた。

「どうかしたか」

「窯の後ろを人が通ったような」

「お隣の玲子さんかな」

「お隣といっても、だいぶ離れてるけど」

海月はじっと窯の後ろを見ている。

「タヌキの可能性もある」

「いえ、人でした」

「それじゃ、やっぱり玲子さんかな」

「窯の後ろに、細い道があるんだ」

「今度、紹介するよ、玲子さん」

「お願いします」

海月は微笑みながら、ゆっくりと男の方を向いた。

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