山沿いの舗装された細い道の先に、

2階建ての木造の家屋が見える。

先に歩くマスターの後をスーツの女がつづく。

「ここら辺は、夜になると街灯もないんだ」

マスターは振り返って女の顔を覗く。

不満そうな顔の女がマスターを睨んだ。

「あんた、そういえば荷物とかはないのかい」

「別に」

「着替えとかも」

「今から住むわけじゃないから」

「そりゃそうか」

木造の家屋の入口にたどり着いたマスターは

強めにドアをたたく。

「ノブさん、居るのかい」

「入口は一緒なのか」

「もともと一軒家だったから」

「改装して中の部屋は分かれてるし、鍵もかかる」

「風呂とトイレは」

「共同だよ」

あからさまに嫌そうな顔をする女。

「だから言ったろう」

「でも大丈夫、風呂とトイレは二つあるから」

「今のところはね」

中からの返事はなく、マスターがドアを開けた。

玄関にも廊下にも、物が散乱していた。

「一人だから、好き勝手使ってるんだ」

「まずそこからか」

「ノブさんに言えばどうにかなるさ」

「あれでいて几帳面だから」

「どこが…」

女は言いかけて言葉を飲み込んだ。

「臭わないだろう」

「この時期あれだけ物が散らばっていて臭わないんだから」

「ちゃんとしてるってことさ」

「すぐに住むのは無理か」

「わかってもらえたかい」

「ところで、今晩どうするんだ」

「昨日からカモメ荘に泊まってる」

「そうか、あそこはいい。ずっとそのままでいいんじゃないか」

「そうはいかない」

マスターと女が家を出て、ドアが閉まる。

家の中から物音が聞こえた。

「中にいるんじゃないか」

「まあ、いいから。ちゃんと電話しとくよ」

「多分、明後日には使えるから」

「本当にここでいいのかい」

「何回も言わせるな」

「わかったよ」

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