「悪いね、荷物まで持ってもらっちゃって」

「いいんです」

「おじさんも言ってたでしょう。あたし作家志望で」

「でも、僕のは趣味みたいなものだから」

「でも作家さんなんでしょう」

「自称ね」

「職業を聞かれたから、そう答えただけだよ」

「でも、書いてるんですよね」

「まあね」

「学生の頃は文学少年だったから」

男は恥ずかしそうに海月の顔を見る。

「どんな作家が好きなんですか」

「主に外国文学を読んでいて」

「ドストエフスキーとか」

「何が好きですか」

「えっ」

「ドストエフスキーの」

「白痴かな」

「罪と罰とかは」

「罪と罰はね、子ども用にアレンジされたものを読んだんだ」

森を抜ける一本道が終わろうとしている。

道の先には光が降り注ぎ白く光っている。

そして、その先にログハウス風の家が見える。

「別荘だったんですよね、この建物」

「そうらしいね」

「老人が一人で住んでいたらしい」

「それで、罪と罰は読んだんですか。アレンジされてないもの」

「いや、そのアレンジ版しか読んでないんだ」

「でもね、僕が本に夢中になるきっかけだった」

「あと、アイヴァンホー」

「アイヴァンホー」

「そう、ウォルター・スコットの」

「イギリスの歴史小説だよ」

「それも、子ども用に読みやすくしたものだけど」

「5年の時、クラスの後ろに置いてあったんだ」

男は少し足を速めて、家の鍵を開ける。

「さあ、どうぞ」

「お邪魔します」

ドアを抑えている男の前を、

海月は少し体をかがめながら歩いて行く。

「荷物はそのへんに置いて」

「はい」

海月は持っていた荷物を床に上に置いた。

「あの、アグラーヤは好きですか」

「アグラーヤ・イワノーヴィナ」

「好きだよ」

海月は男の顔を見て微笑んだ。

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