第3話「級友『真山涼葉』について」

「湊君、すまない、ちょっといいかい?」


 ある日の放課後、俺が帰るために荷物をまとめていたときのことだ。とある女子生徒が俺に声をかけてきた。

 真山涼葉。

 うちのクラスの学級委員長だ。

 長く艶やかな黒髪はポニーテールにまとめあげられ、彼女の背中に垂れている。身長は女子にしてはかなり大柄で俺と同じくらいだから170近くある。体型はブレザーの制服の上からでも解るくらいに出るべきところは出て、ひっこむべきところは引っ込んでいる。モデルか何かだと言われても、誰も疑わないであろう。

 目や鼻は通っていて、シャープな顔立ち。中性的な雰囲気の美人で、もし男装でもしたら、そんじょそこらの男では太刀打ちできない「イケメン」になるであろうことは想像に難くなかった。実際、噂によれば彼女は裏では「王子様」なんて呼ばれているらしい。

 そんな「王子様」に声をかけられたわけであるが、俺にはその理由はとんと心当たりがなかった。

 うちの学校は中高一貫校という奴で、中学から高校までエスカレーター式で進学することができる。俺も彼女も同じ中学から上がってきた内部進学生だ。

 よって、「真山涼葉」という女生徒とはすでに中学の三年間、同じ学び舎で学んだ間柄であったのだが、話したことはほとんどなかった。というのも、今まで同じクラスになったことはなかったからだ。部活や委員会も被ったことがなかったので、彼女の人となりは伝聞で聞いたこと以外、何も知らなかった。

 高校に進学して初めてクラスメイトになったわけだが、それ以外に接点は何もない。ゆえに、なぜ突然、彼女から声をかけられたのかと、身構えたのだが――


「さっき、先生が言っていたプリントを回収してるんだが」

「ああ、プリントね」


 なんてことはない、ただの学級委員長としての仕事だった。先程の終礼で担任が彼女にプリントを集めるように指示していたことを思い出した。

 俺は机の中をまさぐり、プリントを彼女に渡す。


「うん、確かに」


 彼女は女性にしては低めの良く通る声でそう言った。

 それでてっきり、彼女の用事は終わりだろうと思っていたのだが――


「まだ、何か用があるのか?」


 なぜか彼女は俺の机の側を動こうとしなかった。

 俺に問いかけられた彼女は、目を細めて言った。


「いや、なに。そう言えば、三年同じ学校に居たというわりには、湊君とはあまり話したことがなかったなと思ってね」


 どうやら、彼女も俺と同じようなことを考えていたようだった。


「どうかな? 君さえよければ、少し話さないかい? なに、時間は取らない。ほんの数分さ」


 そんなことをさわやかな笑みを浮かべて言うのだ。かっこいい女子に憧れるような夢見がちな少女なら、ころっと落としそうな言葉だ。


「まあ、構わないが」


 しかし、俺にそう言った趣味はない。もちろん、彼女がすこぶる美人なのは認めるが。


「ありがとう」


 そう言うと、彼女は集めていたプリントを胸元に抱いた。


「いや、実は君とは一度話をしてみたいと思っていてね」

「俺と?」


 それは意外な言葉だった。

 彼女のような人間が興味を持つような何かが自分の中にあるとは思っていなかったからだ。

 きょとんとしている俺に向かって彼女は言った。


「もし、これが不躾な話だったら、すまない。そのときは言ってくれたまえ。すぐにやめよう」


 そんな風に前置きして彼女は言った。


「君は『秋月結愛ゆあ』の兄になったそうだね」

「え……まあ、そうなんだが」


 なぜ、彼女は知っているのか。

 確かに、俺は親の再婚によって、苗字が「秋月」に変わった。その理由を説明するために俺はクラスの最初の自己紹介で親の再婚の事実を皆に伝えた。親の再婚は後ろ暗いこととは俺は思っていなかったからだ。しかし、「秋山」という苗字にはまだ慣れない。だから、俺は皆に「湊」って呼んでもいいなどと冗談めかして言った。それが受けたのか、前の苗字も、新しく変わった苗字も呼びにくかったのか、俺のことを「湊」と呼ぶ人間は増えた。特に親しくもない真山涼葉が俺を「湊くん」と下の名前で呼ぶのもその辺りが理由だ。

 よって、親の再婚のことは皆知っていたが「義妹」のことをクラスで語った覚えはなかったのだが――


「いや、実は君の義妹の結愛とは知り合いでね」

「結愛と?」

「ちょっとした縁があったんだ」


 結愛は俺の一個下、つまり中学三年生で、俺が通っていたのと同じ付属中学に通っている。よって、一年前のときには真山涼葉と結愛は同じ学び舎に居たわけだ。そう考えれば、知り合いであっても、そうおかしな話ではない。


「結愛から話を聞いていたからね。一度、話してみたいと思っていたんだ」

「……ふうん、そうか」




 このときの俺はこれをただの世間話の延長程度にしか捉えていなかった。実際、この日はこの後、ちょっとした雑談を二言三言交わした程度で、別れたのだ。

 しかし、この後に俺はこの「真山涼葉」と「秋月結愛」の二人に振り回されることになる。

 では、次に俺が二人の間にある「秘密」を知った決定的な日のことを語ることにしよう。

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